第232話 口
「デリアルっ!? なぜあなたがここにいるのですか!?」
声を上げた先生のことなど見向きもせず、アルデラは僕に視線を向けて目を細めた。
「ほう?」
少女は嬉しそうに口許を歪める。もっとも、その姿は偽りに過ぎない。
「やはり生まれ変わって出直してきたか、ユーリッドの同位体……」
アルデラは一目見ただけで僕の正体を看破してみせた。
全身の毛が逆立ち、血液が逆流するような怒りを抑えて僕は問う。
「なぜ……お前がここにいる?」
その質問にデリアルはきょとんと眼を丸くさせた。
「なんじゃ知らんのか、この神殿に魔神ヴァルヴォルグの頭部が安置されていることを」
「なに?」
「ほれ、これじゃ」
突き出したその手には人と同じ大きさの頭部のミイラがあった。ただ骨格的な造形はまるで違う。人よりも角がある魔人に近いといえる。
これがヴァルの頭……。
「くかかっ……、神官を洗脳して取って来させる予定じゃったが、おぬしのおかげで手間を省いて手に入れることができた、感謝するぞ」
「……どういう意味だ?」
「おぬしが壊した魔法陣の一方は、この建物を覆っていた結界、特級結界陣じゃ」
「そんな、じゃあまさか……」
アルデラはほくそ笑む。
「そう、わしは魔神の躰をこの身に摂り込んでいたため神殿に入れんかった。それで困っておったんじゃが、おぬしが破壊してくれたおかげでこの通りじゃ」
くそ……、なんてことだ……。僕は敵に塩を送ってしまったのか……。落ち着け、作戦通り目的を達成したことには変わりない。今は相手の出方をうかがいながら、出来る限りアルデラから情報を引き出すんだ。
「魔神を体に摂り込んだと言ったな? それはどういう意味だ……」
「文字通りじゃ。肉体を改造して腹に口を作り、そして喰った。視てみるか?」
アルデラは上着の裾をたくし上げる。
へその辺り、腹部を分断するように巨大な口があった。まるで僕を挑発するように牙を剥き出した〝腹の口〟がにたりと笑う。
口の中から現れた長い舌がアルデラの手から奪うようにミイラの頭部をべろりと巻き取り、そのまま頬張り呑み込んだ。
ごくん、と嚥下する音を残して口が閉じる。同時に口は消えた。今はただの少女の腹部でしかない。
「魔人の身体とは実に便利じゃ、人族では耐えられぬ改造にも耐えることができる。おぬしも次回は魔人に転生してみるとよい。座標固定のコツを教えてやるぞ」
くつくつと笑うアルデラに僕は皮肉で返す。
「そうだな、考えておくよ。お前を殺すためなら魔人にだってなってやる」
意に返さずアルデラは満足気だ。
「さて、残すは右腕だけ。おぬしの右腕がそうなのじゃろ?」
「さあ、なんのことだ?」
「とぼけても無駄じゃ、頭を喰ったことではっきりと解る。その右肩に残った魔神の残滓を感じる……。まさかおぬしが右腕は持っていたとはのう、しかも結合していたとは探しても見つからんはずじゃて……。くかかっ、魔神の一部を移植するとはの……。くくっ、おぬしもなかなか狂っておる、実に滾るのぉ」
恍惚な表情を浮かべてアルデラは口角から零れた涎を拭う。
「それで、切り離した右腕はどこに置いてきた?」
「知っていたとしても言うと思うか?」
「いちおう聞いてみただけじゃ。時期に喰った魔神の頭がわしの身体に馴染めば、頭の方から腕の場所を示してくれるであろう」
「お前の目的は一体なんだ?」
「モクテキ? ふむ、色々じゃ。意味、動機、願望……、それぞれある。どれから聞きたい?」
アルデラからの問い掛けを無視して僕は言った。
「なぜ魔神の体を集めている?」
「わしはこの世界を終わらせたい」
微妙に会話が噛み合っていない。世界の終わりと魔神の体が関係しているということか? 話を合わせてしばらく泳がしてみるか……。
「あんたの魔導書に記されていた原初魔法《魔導大全》が関係しているのか?」
「ふむ、転生したおぬしなら知っていて当然じゃな。その通り、《魔導大全》はすべてを無に帰す究極の魔法、わしが生み出した世界を終わらせる魔法じゃ」
隠したり誤魔化したりする気はないようだ。
アルデラは原初魔法《魔導大全》によって世界を虚無に変えようとしている。すでにいくつかの世界がアルデラによって消滅してきたと、アナスタシアの手紙にも書いてあった。
「何のために?」
「わしはわしでいることに飽きたのじゃ」
「……それが世界を終わらすことと一体なんの関係があるんだ?」
「もっと世界を俯瞰して観察して見よ、この世界はわしらにとってあまりにも都合が良いと思わんか? つまりじゃ、もう演じることに飽きたのじゃ」
質問の答えになっていないし、言っていることの意味が分からない。僕の理解など置き去りにしてアルデラは意味不明な独り言を続ける。
「問題なのは、この世界は神が創めた。そして終わらせるのも神だということじゃ」
「世界を創った神、それは魔神ヴァルヴォルグのことを言っているのか?」
アルデラは頭を横に振る。
「いいや、違う。さらに上位の神だ」
「上位の神?」
「魔神さえも自分自身がなぜ存在するか分からぬはずじゃ。本人に問うてもきっと答えられまい。その事実はヴァルヴォルグを神として生み出したさらに上位の神が存在することを証明している」
アルデラは不気味な薄ら笑いを浮かべた。




