第229話 リザ
――病だって?
そんな……、じゃあリザが魔境に渡ってから体調を崩していたのは病気にかかっていたから? でも治ったんじゃないのか? それにそんな素振りは――。
僕はセシルルの曇った顔を思い出す。彼女が何かを言いかけたタイミングでリザがやってきた。
リザは嘘を付いていた……。
「日に日に体の自由が利かなくなっておる……。今は歩くだけでも辛いのじゃ。もうすぐ妾は動けなくなり、この病に蝕まれて死ぬ。そうなる前に主の役に立てるのなら安いものじゃ」
なんで言ってくれなかったんだ、声が出せない僕は眼で訴える。
気付いてあげられなかったことが悔しい。言葉に出来なくても僕が言おうとすることは彼女に伝わっていた。
「言える訳がなかろう……、きっと主はすべてをなげうって妾を助ける術を探しに行こうとするはずじゃ。妾は主の邪魔はしとうない」
そうするに決まっているだろ! 必ず助かる方法を探し出す! まだ間に合う! 一日、いや、半日あれば十分だ! キミを絶対に助けるから! 治す方法を見つけてみせるから! だから――。
僕の声が届いているかのようにリザは静かに首を振る。
「レイラ・ゼタ・ローレンブルク……。いいや、もうひとりの妾よ。どうか妾の大切な者のために力を貸してはくれぬか、これが妾の最初で最後のお願いじゃ……」
レイラと視線を交えたリザが僕の頬に触れた。
「……や、やめろ……」
――ヴァルヴォルグ! なんとかしろ! いますぐ僕と代わってリザを押しのけろ!
『無理だ。ユウのときに受けた影響は入れ替わってもそのままフィードバックする。それに恒竜族の毒だ。我もしばらくは動けない』
「……リ……ザ……」
声を振り絞って名を叫ぶ。
「そんな泣きそうな顔をするでない……、ヒトとリュウの価値基準は違う。妾はこれでも幸せなのじゃぞ」
「……噓を付け……それなら、なんで……、キミは、そんな辛そうな顔をしている……」
困り顔でリザは微笑む。
「これは……妾の料理がまずかったからじゃ……」
「……いい加減に、しろ……」
「それに考えにようによっては妾と主は一緒になるのじゃ。こんなに嬉しいことはないのじゃ」
僕の顔を両手で包み込み、次第に体を預けるように前へと傾けていく。
「愛しておるぞ……。たとえ妾がラウラという者の転生体だったとしても、この気持ちに偽りはない」
リザは僕の唇と自分の唇を重ねた。
「――ッ!?」
エネルギーに満ちたリザの魂が僕の体の中に流れ込んでくる。
――ヴァル、受け取るな!
『試みたが向こう側から拒絶されている』
温かく、豊潤で濃厚な彼女の魂を介して、彼女の記憶が、その想いが、言葉では言い尽くせないほどの恋慕が押し寄せる。こんなにも僕は彼女に愛されていたのか――。
それでも、認められない……リザ、こんなのはダメだ! だってキミは僕と結婚して子供を作るんじゃなかったのか!? 僕はもっとキミと一緒に――、
突然、ふっと糸が切れたようにリザの体から力が抜けた。その瞬間、僅かにリザの体が軽くなったのを感じる。彼女の肉体から魂が消失したのだ。
もう彼女は動かない。もうそこにリザはいない。ここにあるのは彼女の形をした抜け殻だけ。
僕は動けるようになると同時に覆いかぶさる彼女の背中に腕を回して抱きしめた。
「ばかやろう……」
強く、強く、抱きしめる。
「ユウ……」
その名を呼んだのはレイラだった。彼女には教えていない前世の名前。
毒の効果が消えたレイラは、うずくまって自分の体を両手で抱きしめた。
僕は彼女を見た瞬間に気付く。
彼女は〝彼女〟に違いない。ラウラの記憶が戻っている。
「ラウラ……」
「心が戻ってきたはずなのに……、胸が張り裂けそうに痛い……」
ラウラが感じるその痛みはリザが隠していた想い、嘘が苦手な彼女が最後まで隠し通りた本心――。
僕はリザの頭を引き寄せて抱きしめた。涙が止まらない。次々と溢れ流れていく。
「なんだよ、リザ……。やっぱり悲しいんじゃないか…………」
第二十六章はここでお終いです。
次章、最終章【アルデラの魔導書】は一週間後に更新する予定です。前後半に分けるかもしれません。ご了承ください。
最後までお付き合いいただければ幸いです。




