第224話 明日
「そうですね、なにか思い出すかもしれません」
仕方ないといった感じでレイラは焚き火の傍に腰を降ろした。だからと言って、まんざらでもなさそうだ。素直に仲間に入れてと言えないタイプに違いない。
不服そうに顔をしかめたリザの手を僕は隣で握りしめる。
「そういえば、こちらの方はどなたですか? 高位の魔導士様とお見受けいたしますが」
レイラの瞳がヘンリエッタ先生を捉える。あの時、瀕死の僕を助けるために観客席から飛び出してきた先生をレイラも見ていたようだ。
「ど、どうも……こ、こんばんは……」
ヘンリエッタ先生は遠慮がちに会釈した。
レイラは勇者で先生はゾディアック、水と油の関係だ。正体を明かせばどうなるかは火を見るよりも明らかである。
居心地が悪そうな先生に僕は助け舟を出してあげる。
「彼女は僕が通っていたグランベール学院の先生なんだ」
「学校の先生? それであれだけの回復魔法が」
「でもその正体は魔王軍のスパイであり、本名はグルーガル・キャンサー」
そして助け舟を出しておきながら梯子を外すヒドイ男、それが僕。
突然のネタバレにレイラと先生の顔が同時にギョッとなった。
「ちょ、ちょちょちょちょっ!? ロイくんんんんんん!?」
泣きべそを掻きながら先生が僕の肩を揺ってきたので、僕は可愛らしくてへぺろだ。
「グルーガル・キャンサー? ということはゾディアックなのですか? 初めて見ました……、へぇ……意外と普通なのですね」
レイラは警戒するよりも興味深げに先生のことを見つめている。その視線をどう受け取ったのか、先生の顔は真っ青だ。
「あっ、あはは~……。マジ魔人~、なんちゃってぇ……」
先生の渾身のギャグが炸裂するも誰も笑わない。
「さしずめ、あなたの監視役といったところですか?」
それどころかスルーされる始末。確かに、ここは敢えて触れずにスルーしてあげるのが人の優しさだ。よっ、さすが勇者さま!
しかし当の先生は存在が消えてしまいそうな死んだ魚の眼をしている。
「うん、正解。あとちゃんと紹介していなかったけど、こっちの彼女は恒竜族のリザ・リタ・アガスティアさんです」
僕が右隣のリザを紹介すると、リザはむふんと胸を張った。
「アガスティア!? あの恒竜王の血縁者なのですか!?」
「うむ! 妾は次代の恒竜王、リザ・リタ・アガスティアであるぞ!!」
改めて名乗り上げたリザを見上げてレイラは唖然と口を開いた。
そりゃそうだ。両手に花どころか、実は両手に魔王の側近と次期竜王なのだから誰でもそういう反応になる。
「しかし竜王の座は他の者に譲ることにしたのじゃ」
「……あなたたちには驚かされてばかりです」
「それから伝えてなかったと思うけど、彼女もラウラの生まれ変わりなんだよ」
「ええっ!? それはどういうことですか?」
レイラの頭の上に!?マークが三つくらい見える。
通常は敵に感情を読み取られないようにするものだが、もはやここまで来ると驚きを隠そうともしなかった。
「僕の使った転生魔法が不完全だったみたいで、魂がふたつに別れたそうだ」
「彼女と私が前世では同一人物……」
「正直、妾もこやつと同じ人間だったとは思えぬ。なにも感じぬからな」
「で、ですね……」
彼女たちほ互いを見つめ合う。確かに容姿もさることながら性格の方も似ても似つかない。
「しかし貴様は感じぬのかや?」
「なにをですか?」
「ユウと自分を結ぶ運命じゃ!」
「……運命、分かりません」
レイラは膝を抱えた。ちょっとだけ寂しそうだ。
「ですが、あのとき、最後の一撃を放ったあと自分の中にもうひとりの存在を感じたのは確かです……。彼女がラウラなのですね、とても強く気高い意思を感じました。リザさんには前世の記憶が?」
「戻ってないよ」リザの代わりに僕が答えた。
「このまま前世の記憶が戻らなかったら、あなたはどうするのですか?」
「本音を言えば戻ってほしい。僕が転生したのはラウラともう一度会うためだ。けれど今はリザはリザのままでいいと思っている。もちろんキミもね。キミだって別に前世の記憶なんてどうでもいいだろ?」
「どうでもいい訳ではありません……。ただ、今の私にとって重要とは言い難いと申しますか……」
それからしばらく無言の時間が続いた。パチパチと炭化した薪が弾ける。
ヴァルが突然声を掛けてきたのは、そんなときだった。
『ユウ、すまない』
「ッ!?」
レイラが立ち上がり剣の柄を掴んだ。
「大丈夫、敵じゃないよ」
「……今の声は一体?」
「魔神ヴァルヴォルグだ」
「魔神ヴァルヴォルグですって!?」
レイラは今日イチで驚愕している。
そりゃそうだ。魔神といえば魔王より上位の存在であり、三英雄と並ぶ伝説の存在なのだから。
衝撃事実の波状攻撃にパニックを起こすレイラを横目に僕も若干戸惑っていた。
なぜらなヴァルが僕に謝罪したからだ。珍しいというか初めてのことかもしれない。
いったい何に対してだ?
「なにを謝っているんだ? 途中で補助魔法が止まったことか? 別に気にしてないぞ、むしろ僕はお前に感謝しているよ」
『そうではない。我は見誤っていたのだ』
「見誤っていた? なにがだよ?」
『ユウの寿命だ』
「寿命?」
『我が想定していたよりも短かったのだ。いや、そうではなく、どこかのタイミングで運命が変動したことにより寿命が変化していたようだ』
「それは……、僕が早く死ぬってことか?」
『そうだ。そしてユウは我の力を借りる度に対価として相応の寿命を譲渡する契約を交わしている。今まで我がユウに貸した力の累積を差し引くと、ユウの寿命は……』
ヴァルが言いよどむ。躊躇するヴァルなんて初めてだ。
不安が押し寄せる。
「……はっきりと言ってくれ、ヴァル」
『明日の日没までだ』




