第223話 真夜中の訪問者
~前回のあらすじ~
超級召喚陣の破壊とローレンブルクを賭けた勇者との決闘に破れたユウは現在ハートブレイク中。
雲のない夜空には満天の星々が輝いている。風もなく穏やかで静かな夜だ。
ここはカインから少し西へ進んだところにある名もない平原。レイラとの決闘の後、カインを離れた僕らはこの場所で一晩を過ごすことにした。
「結果は残念でしたけど、勇者レイラの感情を揺さぶることができたと思います。まだ交渉の余地はあります」
焚き火を囲む僕とリザにヘンリエッタ先生が言った。
レイラから受けた傷はかなり深く、アニマの加護だけでは最低限の応急処置が限界だった。そのまま動けずにいる僕の元にヘンリエッタ先生が駆け寄ってきて、回復魔法を掛けてくれたおかげで一命を取り留めることができた。
神官たちが僕に高位の加護を付与してくれないことは最初から分かっていた。彼らが僕を助ける義理はない。案の定、彼らは静観しているだけで、衛生兵すら呼ぼうとしなかった。もしかしたら、そのまま野垂れ死ぬのを待っていたのかもしれない。
回復魔法が使える先生がいなければ、僕は本当に大観衆の前で無様に野垂れ死んでいたところだ。
勝敗が決した後、僕の回復を見届けたレイラは立ち去っていった。踵を返した彼女が振り返ることはなかったけど、闘技場の出口でリザと何か言葉を交わしているようだった。
にこやかな雰囲気ではなく、ふたりの間に流れる空気はひりついていた。リザが飛びかかるのではないかとハラハラしたけどそれは杞憂に終わる。リザは僕が思っていた以上に冷静で、決闘を穢すまいと配慮しているように感じられた。
あの戦いで得た物はない。だけど僕らに残った物はたぶん同じだったはず。
――虚しさ、だ。
勝利も敗北も等しく無価値で、ただただ虚しさだけが残った。
「……うん、ありがとう先生。まだチャンスはあるさ。明日はローレンブルクに戻ってみんなに結果を伝えるよ。それからローレンブルク共和国をレイラに引き渡すことも説明しなくちゃいけない」
「レイラは共和国の案を受け入れるかの?」リザは言った。
「レイラには頼んでみるけど、たぶん無理だろう。彼女の目標は王国の復興だ。今のローレンブルクは別物だからね。それよりも問題なのは、住んでいる住民たちの処遇だ。特に――」
「魔人たちじゃな」
「ああ、でも今の彼女ならたぶん大丈夫だと思う。もしダメだったらエンデ村の魔人たちだけでも僕が責任を持って守ってみせるよ」
「そうじゃ! ローレンブルクの隣に新しい国を作ればいいのじゃ!」
「なるほど……、それは思いつかなかったな。一から国づくりってのも面白いかもね」
僕がそう言うとリザははにかんだ。
「先生はミルルネのところに戻るんですか?」
「はい、私も結果を報告しなければなりません」
「約束を守れなくてすまないと伝えておいてください」
「心配いりませんよ、ミルルネ様は寛大な御方ですから」
寛大ね、怠惰の間違いじゃないかと思うけど、まあいいか。
「今回がダメでも、きっと停戦に向けてもっと良い案を考えてくださいます」
前向きな先生のおかげで、少しだけ肩に荷が降りた気がした。
そして僕は暗闇に視線を移す。生い茂った草むらで鳴いていた虫たちの鳴き声が止まった。
「さて、お客さんが到着したようだ」
「そのようじゃな」
僕に続いて闇夜に視線を向けたリザは敵を威嚇するように牙を剥く。
「へ?」
ヘンリエッタ先生まだ気付いていない様子。
「気配を隠そうともしないとは小癪な小娘じゃ」
暗闇から現れたのはレイラだ。焚き火の炎が彼女の姿を照らし出す。
「殺気を放つのは止めていただけますか? あなたと事を構える気はありません」
彼女以外に他の者の気配はない。お姫様はお忍びでやって来たのだ、深夜に夜道をひとりで歩いて。
当然ながら僕はついさっき殺し合いをしたばかりの相手、表立って会いに来る訳にはいかない。実は仲良しこよしでした〜、では教会と臣下に示しがつかない。さらに、非公式ながらあの決闘は賭けの対象になっているそうだ。こんなところを誰かに見られたら八百長を疑われて暴動を引き起こしかねない。
「お姫様がこんな時間に護衛も付けずに出歩くのは危険ですよ」
僕はおどけた口調で言った。
「そのような軽口が叩けるくらいには回復したのですね」
「斬られたお腹も元通りさ」
腹を叩いた僕にレイラは、「そっちではありません、こっちの方です」と自分の胸に手を当てる。
痛いところを付かれてしまう。彼女の言うようにハートブレイク中の僕は、はぐらかすように苦笑した。
「それでキミが来たのはローレンブルク引き渡しの件かな? ちゃんと約束は守るよ」
「あなたが約束を破るとは思っていません。ただどうしてこのような場所で野営をしているのかと思いまして、一晩くらいカインの宿で過ごせばいいものを」
それだけの理由で様子を見に来たと? 相変わらずのツンデレだな。
「嫌だね、どこにいても後ろ指をさされそうだから居心地が悪い。それに初心に帰りたかったんだよ。お金の無かった僕らはこうやって野宿しながら旅していたものさ」
「それは前世のことですか?」
僕は焚き火に薪をくべながらうなずいた。
「キミもこっちに来て一緒に焚き火に当たらないか?」
僕がそう告げるとレイラは微かな笑みを浮かべた。




