第222話 決着
状況はイーブンではない。
相手はギフテッド、無限の加護を受け続けられる。対して僕の黒剣は時間制限付きだ。
一気に勝負を決める!
足を踏み出した僕は体に違和感を覚えた。
おかしい……足が重い、動きが遅い。
違う、そうではない――。
絶え間なく付与されていたヴァルの補助魔法の効果が切れているのだ。体が重くて動きが遅いのではなく、ただ普段の自分に戻っただけ。
どうして?
効果が切れたら再付与するとヴァルは言っていた。ヴァルはつまらない嘘を付くヤツじゃない。現に戦いの最中でいくつかの魔法を付与してくれていた。
じゃあなぜ?
まさかヴァルが裏切った?
言葉を交わしてから一年ちょっとの僕よりも、やはり自分の直系の子孫であるレイラの肩を持つとでも? 寝返った?
僕はこれでもヴァルとの間に信頼関係を築くことができたと思っていたんだ。それは全部、僕の独りよがりだったのか。
例えそうだったとしても負ける訳にはいかない!!
――ナイトハルト流奥義《無限回廊》
僕は咆哮を上げた。精霊シルフの加護を受けた体が加速する。今持てる全力をこの攻撃に注ぐ。反撃の暇を与えない。止まらない連続攻撃に圧されてレイラの体勢がついに崩れ、一瞬の隙を生み出した。
これが最後の一撃、エイロスを振り下ろせば勝てる!
無防備になったレイラに剣を振り下ろした瞬間、彼女は碧い目を見開かせた。瞳孔を針孔のように窄ませる。
彼女の瞳に自分の姿が映り込んだ。それは『敵』を斬ろうとするロイ・ナイトハルトの姿だった。
僕は初めて自分が戦っているときの顔を知った。鋭い眼差し、眉間に刻んだ深いシワ、吊り上がった眉、食いしばった歯、いつも飄々(ひょうひょう)とした少年の表情は激しい怒気に満ちている。
今まで屠ってきた魔人や魔獣や亜人と等しく、殺意を持って『敵』を打ち破ろうとしている。この一閃は命を奪うには十分だ。相手の左肩から入って右脇腹に抜ける。刃は心臓に至り、心室や心房や動脈を切り裂き、敵は絶命する。
例え蘇生魔法で蘇ったとしてもレベルダウンは否めない。元に戻るには幾年の年月が必要だ。
仕方ないのだ。世界を救うために目の前の障害である彼女を倒さなくてはならない。
――敵? 殺す? 彼女を? 僕は誰と戦っている。誰を斬る? 誰を殺す?
眼前の相手はレイラ・ゼタ・ローレンブルクという名の少女。勇者であり、ローレンブルク王国の王女であり、ラウラの生まれ変わり。
ラウラ・シエル・ヴォーディアットは僕の最愛の女性だ。そして僕が生まれ変わった理由のすべて――。
ふざけるなよ、自分……。最初から分かっていたはずだ。なにを血迷っていたんだ。どうせ魔法で生き返るから平気だとでも? 一時的だから許されると? 違うだろ! たとえ敵であろうと、目的を果たす障害だろうと、全世界を敵に回したとしても!!
――僕がラウラを殺せる訳がないッ!!
必勝の一撃から一転、殺意が消え去り鈍らと化す。僕が躊躇した僅かな隙をレイラが見逃すはずがなかった。
一閃、体勢を立て直したレイラの光剣が僕の腹部を斬り裂いていた。
激しく鮮血が迸る。臓物は焼きただれ、僕の体は闘技場に沈んだ。
静寂、静まり返った闘技場が大歓声に包まれる。勝敗は決した。審判役の神官がレイラの勝利を宣言する。
大の字で倒れて青い空を見上げる僕の口の中からゴボッと血が溢れ出す。
レイラは僕の前で立ち尽くしていた。血にまみれた僕を見下ろしている。呼吸は荒く、肩で息をしている。
彼女の表情には戸惑いが色濃く反映されいた。動揺している。恐怖しているようにも思えた。なにより彼女の最後の一撃には迷いがあった。それが僕が絶命しなかった理由でもある。
ヴァルの補助魔法が止まってしまったため、僕は無詠唱で精霊アニマの加護を発動させる。致命傷だけど一命を取り留めることができそうだ。
もっとも、彼女がこのまま見逃してくれたらの話だが。
「……止めを刺さないのか? ここで僕を殺しておかないと、今度はどんな手を使っても召喚陣を破壊しに行くぞ……」
どこかで聞いたような噛ませ犬のセリフだった。
しゃべる度に血が溢れ出す。呼吸が上手く出来ない。僕は顔を傾けて血を吐き出した。
「できません……」
声を震わせてレイラは歯を噛みしめた。
彼女の顔は苦渋に歪んでいる。剣を持つ両手は葛藤するように震えていた。
「……どうして?」僕は問う。
「拒否しているのです……、もうひとりの私が私を軽蔑しています! この剣を振り下ろしたら絶対に許さないと言っている! そんなことをしたら私を殺すと叫んでいる!」
眩い光を放っていた刀から炎が消えていた。ラウラの魂が彼女を止めたのだ。レイラの手の中から火雷天が落ちていく。
「わたしは……、わたしは一体どうしたらしいのですか? わたしは一体……、誰なのですか? なんなのですか私は……、分からない……」
必死に抗おうとする彼女の姿に、僕の胸は締め付けられるような痛みを覚える。
こんなにも、僕は彼女を苦しめていたのか……。
苦しみ、涙する彼女に僕は想いを伝える。
「レイラ……、無理に思い出さなくてもいい。すまなかった、キミを苦しめるつもりはなかったんだ。僕はキミの中にラウラがいると分かっただけで満足だ。ありがとう……」
僕の中で固執してきた物が溶けていく気がした。
「もうそんな苦しそうな顔をしないでくれ、キミの勝ちだ……レイラ。キミは他の誰でもないレイラ・ゼタ・ローレンブルクだ」
ラウラ、彼女を許してあげてくれ……。
状況が理解できない観客を置き去りにして、勝者であるはずのレイラは涙を流していた。
僕は敗れた。
これから人と魔人がどうなってしまうのか分からない。けれど、怒りも憎しみも、悲しさも、やるせなさも、まるで憑き物が落ちたような、妙にすっきりしている自分がいたんだ。
ただこの戦いで僕らが得た物は何ひとつない。
今回で第二十五章は、おしまいです。
次章【それぞれの願い】は一週間後の投稿を予定しております。
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