第220話 対勇者戦2
「ヴァル、頼む」
『よかろう、では行くぞ』
《身体強化》
《物理防御強化》
《術式防御》
《身体速度上昇》
《五感強化》
《限界突破》
《覚醒領域》
《痛覚鈍化》
《反応速度上昇》
《能力覚醒》
《聖域予見》
《必中領域》
《自動回復》
《武具強化》
《火炎耐性》
ヴァルによって補助魔法が次々と付与されていく。
『効果が切れたらその度に再付与する』
僕は前を向いたままうなずいた。
そのまま薄暗い通路を抜けると太陽の光が降り注ぎ、闘技場に出た瞬間、歓声ではなく怒号が轟く。
「失せろ!」
「お前なんか早くやられちまえ!」
「男の勇者なんて誰も望んでねぇッ!」
「シネ!!」
「カス!」
「ちょっとイケメンだからって勘違するなボンクラッ!」
ひどい言われようだな。完全にアウェーだ。なんたって相手は勇者で姫で加えてあの容姿、そりゃそうか。
スタンド席をぐるりと見回すと、最上段のVIP席に最高神官と思しき老人の姿があった。周囲にいるのは幹部クラスの大神官と近衛隊の隊士たちだ。ヘンリエッタ先生もスタンドのどこがで見守っているはず。
「おお! 我らが勇者、レイラ・ゼタ・ローレンブルク様だ!」
レイラが登場すると一瞬で怒号が歓声に変わった。空気が震えるほどの大歓声だ。
「なんてお美しいんだ!」
「レイラさまぁぁっぁ!」
「勇者さまぁぁぁぁ!」
「愛しています!」
「そんな野郎消し炭にしちゃってください!」
僕とレイラは闘技場の中央付近で同時に立ち止まる。
「すごい歓声だな、人気者で羨ましいよ」
軽口を叩いた僕がレイラと視線を合わせたその刹那、太刀で心臓を貫かれた気がした。
「ッ!?」
「失礼、集中していたもので。なにか言いましたか?」
全身が粟立ち、冷や汗が滴り落ちる。
この破格のプレッシャーは……。まるで本物の極刀と対峙しているようだ。
純粋な剣での勝負なら勝てる見込みはあると思っていたけど、こいつはヤバいかもしれない。
僕らの間に枢機教会のローブを羽織った神官がやって来た。
「精霊の御名において枢機教会が決闘の勝者を新たな勇者と認める。なお、相手を死に至らしめたとしてもその罪を問わないものとする。互いによろしいか?」
「最初から手加減する余裕はない。殺すつもりでいかせてもらう」
「こちらは最初からそのつもりです」
神官はうなずき、その場から離れていった。
試合開始の合図は自分たちで決めろということか、両者の呼吸で試合が始まる相撲の立ち合いみたいなものだな。審判がすぐに引っ込んだのは、強者同士の戦いに巻き込まれるのを避けるためでもあるのだろう。
「私は決してあなたを侮ったりはしません。あなたは強い、私が今まで出会った誰よりもずっと」
「心苦しいね、こんな状況じゃなければ手放しで喜んでいたところだ……。ひとつ質問してもいいかい?」
「どうぞ」
「キミは誰から剣を習った?」
「師はいません、すべて自己流です」
彼女の答えに僕は頭を振った。
「それは違うよ、キミは《極刀》オミ・ミズチから剣を習ったんだ」
「……《極刀》オミ・ミズチ? それは以前、あなたが騒ぎを起こしたときに語っていた前世の話ですか?」
「キミは前世なんて信じない派かな?」
「完全に否定する訳ではありませんが、私の前世が誰であったのか、それをあなたが知っている理由がないということです」
「理由は単純だよ、僕には前世の記憶があるからね」
レイラはくすりと笑う。
「まるで魔法のような話ですね」
「その通りだ。僕は死ぬ寸前で魔法を使って転生したんだ、キミと一緒に」
「それを信じろという方が無理な話です」
「ああ、そうだね、無理もない」
「確か『ラウラ』と呼んでいましたね、私のことを」
「ラウラ・シエル・ヴォーディアットだ。聞き覚えはないかな?」
レイラは静かに首を横に振った。
「ですが、不思議と違和感はありません」
「僕とラウラにはもうひとつ名前があったんだ。僕がテッドで彼女はローラだった」
「テッド……、ローラ? まさか《白き死神》テッドと準勇者《極刀》ローラ!?」
「その通り、僕とキミは前世でパーティを組んでいた。そして恋人同士だったんだ」
「では死ぬ寸前というのは、彼らが魔王軍別動隊を迎え撃ったとき……」
最後の情景が脳裏に蘇る。
ちらつく白い雪とうつ伏せに倒れたラウラの姿、僕は悲しみを内包した微かな笑みを浮かべていた。
「前世で僕はキミからこんな話を聞いたことがある。神速で物体を斬ると細胞が切られたことに気付かずそのままくっついてしまう。この性質を利用して刃の一部をディレイ(遅延)させて任意の部分だけを切り裂く、そんな剣技を極刀から教えてもらったとね」
ぴくりとレイラの瞼が動く。心当たりがあるようだ。
「当初は誰もが出来るものだと思っていました。私は初めて剣を振ったときからできましたので……。しかしみんなの前でやってみせると誰もが驚愕していました。世界中探してもそんなことができる人間はいないと騎士団長から教えられました。誰にも習っていなくても〝出来る〟のは、私の前世であるラウラが極刀から剣を習ったからだとあなたは言いたいのですね」
「朧月夜、それがその剣技の名だ」
「朧月夜……。その言葉も不思議と違和感はありません」
いつまでも動かない僕らに観客がざわめき始めた。
日、月はお休みします。




