第218話 挑発
「呆れました」
はい、憐れみと侮蔑を込めたご褒美を頂きましたー。真正のドM君なら冷たい眼差しとのコンボに昇天しているところだ。
「召喚陣を破壊すれば停戦? 魔王軍の武装解除? 魔王がそんな約束を守ると本気で思っているのですか?」
「魔王が約束を違えるようには思えない」
正直言ってしまえば僕はミルルネに対して半身半疑ではあるが、約束を破ればどうなるか彼女だって理解しているはずだ。
「思えない?」
馬鹿馬鹿しいとレイラは吐き捨てる。
「たったそれだけの根拠で勇者召喚に必要な超級召喚陣を壊すというのですか? 壊した後で魔王軍が侵攻してきたらどうするのですか? 今なら迎え撃つこともできるでしょう、しかし魔人の寿命は人族の何倍もあります。召喚勇者が不在の状況で私やあなたが死んだ後、だれがこの世界を守るのですか?」
私やあなたか、彼女の自己評価が高いのは当たり前だけど、僕に対する評価も思っていた以上に高いようだ。そこはちょっと嬉しい。
「魔王が約束を破れば僕が魔王軍をボッコッボコにやっつけてくる。それが出来ると魔王も理解しているから裏切ることはない。僕は双方の犠牲者が可能な限り少ない方法で戦争を終わらせたい。停戦はそのための第一歩だ」
「……こんなこと言いたくはありませんが、あなたが魔王の配下になったという可能性だってゼロではありません」
「はあ? 僕が魔王と結託して人類を滅ぼそうとしているとでも言うのか? そんな訳ないだろ。それに停戦が実現すればキミだって近衛隊の仕事に集中できる」
「私のことはお構いなく。仮にあなたの話を信じろというのであれば、魔王が先に魔王軍を解体させるべきではないのですか?」
「あいつらだって怖いんだ、僕たちと同じように。どっちが先かの問題は確かにあるけど、このままじゃどこまで行っても平行線だ。互いを潰し合う前にどちらかが譲歩するしかない」
「ならばあなたから譲歩するというのはどうでしょう?」
真面目な顔でレイラは僕を指さした。
「僕から?」
「あなたが魔王と謁見し交渉するほどの信頼を得たのであれば、懐に潜り込み隙を付いて魔王を討ちなさい。あなたならそれが可能です」
「……本気で言っているのか?」
僕は無意識に拳を握りしめていた。
落ち着け、苛立つな。前回みたいにキレたらすべてがご破算になる。
「それが人類のためです」
「人族だけがこの世界に住んでいる訳じゃない。魔人はもちろん亜人や獣人に魔獣、多くの生き物が生きているんだ」
「脅威なき世界の実現、それが私たち人類の切なる願いです」
「誰かの願いのためなら誰かが排除されても仕方ないと言うのか」
「そうやって世界は成り立っています。もちろん私たちも」
確かに生きるということはそういうことだ。僕の体は〝他の生物を食べる〟ことで維持されている。彼女の言っていることは真理に違いない。
完全に言い負かされた気分だ。ローレンブルクを餌に交渉しようかと思ったが、それも無駄だろう。だからってここで引き下がる訳にはいかない。
なによりもうダメだ。
僕が限界だ。ムカついてムカついて仕方ない。
彼女に対して、そして自分に対しても――、自身の煽り耐性の低さにげんなりする。
「レイラ、キミに決闘を申し込む」
僕は鞘に収めたままエイロスの切っ先をレイラに向けた。
「決闘?」
「僕が勝ったら召喚陣の破壊に協力してもらう」
「私に勝てると?」
「勝つさ」
僅かな間隙なく僕は言い切った。
「私が勝った場合、あなたは何を私に差し出してくれるのですか? 召喚陣の破壊と釣り合うほどの対価を用意できるのですか?」
「ローレンブルクをキミに引き渡そう」
そう告げた直後、レイラの眼の色が変化する。
「……なにを言っているのですか?」
「魔王に会いに行く過程で僕が取り返した。今のローレンブルクの暫定君主は僕だ」
「そんな世迷言で私を惑わせるとでも……」
「この場面で嘘を付くほど落ちぶれてはいない。さあ、どうする? 勝てばキミの物だ。ローレンブルクの奪還はキミの悲願なんだろ?」
「……」
レイラは迷っている。あと一押しだ。
「なにより勇者の決闘は教会によって義務付けられているはずだ」
「……それは新たな勇者を指名した教会の決定に異義があった場合に適用されるルールです」
「おっと? まさか王女さまは僕に負けるのが怖いのかな? 常勝不敗といっても王女さまはこの狭い国から出たことないもんなぁ。相手にしてきたのは雑魚ばかり、世間知らずなのは仕方ないですよ。だから僕が世界の広さってヤツをお教えてさしあげます」
いやらしくほくそ笑んだ僕をレイラは睨み付ける。
「……いいでしょう。その安い挑発に乗ってあげます。日時と場所の指定を」
よっしゃ、きたッ!!
「それじゃあ次の安息日だ。時刻は正午ちょうど、場所はカインの闘技場でどうだ?」
「分かりました。闘技場の使用許可は私の方で教会に掛け合ってみます」
互いに決闘を誓い、レイラに背を向けた僕はリザたちが待つローレンブルクに戻ったのだった。




