第214話 約束
謁見の間にどよめきが起こった。ミルルネが片手を挙げると再び静まり返る。
「ボクが差し出せるのはそれくらいしかありません。例えばこんな痩せた亜空間なんて人族たちは欲ちがらないでしょ?」
「それは……」
「ボクは自分たちの置かれた状況を理解しています。ボクたちいわゆる魔人族はジリ貧です。現勇者レイラの力は圧倒的だと報告を受けています。戦ってもまず勝ち目はないでしょう。ここにいる騎士たちだって、あなたが本気になればひとりで倒せるはずでしゅ」
「それは聞き捨てなりませんな」ガイゼルは頭を振った。
ガイゼルと交わしたさっきの会話から推測すると、彼は魔王として若きライゼンと戦ったことがあるようだ。
以前、アナスタシアもそんなことを言っていた。ライゼンが準勇者だったとき偶発的に魔王と交戦したことがあり、ライゼンは魔王と互角に渡り合ったと、だとしたらガイゼルの実力は本物だ。魔王代行をするくらいなんだから当然だけどね。
そんな歴戦の戦士に「お黙りくだしゃい」と幼女は言い放つ。瞬時に空気が凍てつき、呼吸すらままならない息苦しさを覚える。
……やはり魔王を名乗るだけあって只者ではない。
「ボクの首だけで足りないのならガイゼルの首も差し上げます。どうか人族との仲介をお願いしましゅ。民のためにも、どうか力をお貸しください」
ミルルネは頭を下げた。
民のため――。
民のためだって? お前が魔人の村で何をしてきたのか、忘れたとは言わせないぞ。
僕は沸き上がる怒りを抑えて相手の手の内を探る。
「どうも引っかかるんだよな……」
「なにがでしゅか?」
「まずお前の行動と発言には一貫性がない。それから大規模転移魔法だ。リタニアス王国を攻めたとき、お前らは壁の内側に転移してきた。あれができるなら残存兵力だけでも優位に戦争を進めることができるはずだ。いくらなんでも降参するのがあっさり過ぎる」
「あれはあの時たまたま上手くいっただけです。大規模転移術式は未だ完全制御できずにいましゅ。実は開発責任者であるデリアル・ジェミニが数年間にいなくなってしまったため、誰もまともに使いこなせずにいたのです。最近になってやっとまともに運用できるようになりました、お恥ずかしい話でしゅ」
システムを管理していたプログラマーがいなくなった中小企業みたいだな、魔境だっていうのに世知辛い話だ。
「それにあなたやレイラのようなイレギュラーが人族にいる限り、壁の内側に転移しても勝ち目はありません」
はっきり言ってミルルネのことは信用できない。
ただ、このまま放置すれば人族が魔人を蹂躙する番だ。立場が入れ替わるだけで根本的な問題は解決しない。
人界の各国に影響を及ぼす枢機教会に停戦を持ち掛けても、こんな若造の言葉に耳を貸す訳がない。リタニアス王国の後ろ盾があっても無理だ。
超級召喚陣の破壊、世界のバランスを保つには有効な手だが、そんなこと絶対に認めるはずがない。
壊してくれとお願いするのではなく、その難題を可能にできるとしたらそれは――、
「ミルルネ、キミは僕に召喚陣を破壊してこいと言っているんだな?」
魔王はニタリと笑った。
「はい、そう言っています」
「もし断ったら?」
「あなたは断りません」
「どうかな……、僕がその気になれば今ここでお前を殺すことだってできるんだぞ?」
直後、ミルルネ以外の全員が一斉に剣を抜いた。
「あなたにできますか? か弱き〝魔人〟を助けたあなたに?」
僕が殺気を放っても彼女の表情が変わることはなかった。
完全に見抜かれている。彼女は僕が共和国を作ろうとしていることも当然知っている。そのうえで選択肢のない〝お願い〟をしてきたのだ。
「……分かった。ただキミの首はいらない。停戦の条件は魔王軍とゾディアックの完全武装解除と解体だ。その後にキミたちをローレンブルクで保護する。西方と東方の半分よこせというのは無理だ。僕ができるのは『超級召喚陣の破壊』だけ、それでいいなら人と魔人の仲介役になろう」
仲介役だって? 自分で口にしておいて笑いそうになってしまった。
だって僕は超級召喚陣を壊した瞬間から、人類の敵になるのだから。
「分かりまちた。召喚陣の破壊を確認したら即座に魔王軍とゾディアックを解体します。ありがとうです感謝しましゅ」
「ミルルネ、キミは自分の首を差し出さなくても僕がこうすると分かっていたな?」
「とんでもございません。あなた様の良心に賭けただけでございましゅ」
ミルルネは満面の笑みで笑った。しかし眼は嘘を付けない。彼女の左目は嘘つきの眼をしている。
僕という人間の性格を良く知っている、そんな感じがするのはなぜだ?
「キミは喰えない王様だ。だけどもし約束を破るようなら、分かっているな?」
「無論です。約束はたがえません。ただ疑っている訳ではございませんが、こちらから一名同行させていただけましゅか?」
「構わない」
「感謝いたします。グルーガル、来るのでしゅ」
「ひゃッ!? はははっは、はいッ!」
小さな悲鳴をあげて魔人の列から一歩足を踏み出したのは、黒いフードで頭をすっぽり覆った人物だった。体型からして女性のようだ。
僕とミルルネの間に立った彼女はフードを外した。そこにあったのは僕のよく見知った顔だった。
おどおどしたオッドアイ、実年齢よりも幼く見える容姿、彼女はグランベール学院の教師にして僕のクラスの担任、ヘンリエッタ・リネットその人である。ただ、その額には魔人の角が生えていた。
「……え? ヘンリエッタ……先生? ど、どうして先生が魔王城に??」
「ひ、ひさしぶりですね……ロイくん、元気そうでなにより……」
魔境に来て一番ビックリした。状況が整理できずにいる僕にミルルネが答える。
「ボクはグルーガルをスパイとしてペルギルス王国に送り込んでいたのです。人族の情勢や脅威となる人物を調べさせていました。あなたのことも逐一報告を受けていましゅたよ、思いやりのある優秀な生徒で良く独り言を呟いていると」
確かにグランベール学院には将来自国を背負って立つ人間が集まり、各国のあらゆる情報が集まる場所だ。スパイが諜報活動するにはもってこいである。だから魔王は僕の人となりを把握してた。
すべてはミルルネの計画通りということだ。
ここで第二十四章【魔境】編はお終いです。
次章【決戦】は一週間後の更新を予定しております。
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