第213話 首
僕は木箱の蓋をパカッと開けた。ジャジャジャジャーンという効果音がほしいところであるが、別段バニーガールが飛び出す訳でもない。
「起きろ、着いたぞ」
声を掛けるとセーフモードを自ら解除して眼を覚ましたミルルネが起き上がり、恐る恐る箱の中から顔をのぞかせた。
「ひっ!?」
魔王の姿を見た瞬間、彼女の顔が真っ青に染まる。
「だ、だまちましたね! ボクのことを一生養ってくれるって約束したのにッこの鬼畜勇者!」
「確かに騙したがお前を一生養うとは一言も言っていない。保護者の元へ返しただけだ」
僕のしたり顔にぐぬぬと顔を歪めた彼女は、はああああ~と大きく長い溜め息をついた。
「ちかたないですね……、まったくもうこれだから人族男は……。嫌になっちゃいましゅ」
ぶつくさ言いながら木箱から出てきて床に足を付ける。
改めて見ても細い身体をしている。足も腕も簡単に折れてしまいそうだ。
盗賊の統領をしていたあの髭面の男が、こんな弱そうな幼女を異様に恐れていた理由が解らない。いくら魔人といえどもミルルネのパワーは見かけ通りである。本当にゾディアックなのか疑わしい。
おもむろにガイゼル王が玉座から立ち上がり、階段を降りてこちらに向かって歩いてきた。僕は重心を下げつつ迎え撃つ状態を維持する。
立ち止まった魔王は僕の前で跪く――、ではなくミルルネの前で片膝を付いて頭を垂れた。
んん? なんで王様がゾディアックに頭を下げているんだ?
「お帰りなさいませ、陛下」
「は?」
陛下だと?
魔王ガイゼルは確かにミルルネをそう呼んだ。
「はあ……、これでボクの休暇は終わりでしゅか……」
ミルルネは再び溜め息を吐き、トテトテと歩き出したと思ったら「よっこいちぇ」と言いながら玉座に腰を掛けた。
「いやいや……、どうしてお前がそこに座るんだ?」僕は言った。
「それはボクこそがキミたちの言うところの魔王だからでしゅ」
ミルルネは気怠げに微笑を浮かべる。
「なんだって? じゃ、じゃあこのガイゼルってヒトは一体誰なの?」
僕は立ち上がったガイゼルを指でさす。
「ガイゼルにはボクの影武者? いえ、違いますね。便宜上、表の王様をやってもらっているのでしゅよ」
「へ、へぇ……」
この眼帯で包帯グルグル巻きの幼女が本物の魔王だって? どう見てもガイゼルより弱そうだ。いや、現に弱いだろ。変身でもしない限り彼女の戦闘力は皆無だ。
「さて、改めて『こんにちは』です。ガイゼルにあなたを招待させたのはボクの指示によるものでしゅ」
「お前が魔王だというのは本当なんだな?」
彼女はこくりとうなずいた。
「しかしながら、接触を重ねて段階的に勇者を懐柔せよと指示したのですが……、まさかいきなり城に呼びつけるとは想定外でした。これはガイゼルにしてやられましゅたね」
ガイゼルの口角がにやりと釣り上がる。
「あのまま牢屋に籠られても困りますからな、招待と回収を同時にさせていただきました」
「お前の目的はなんだ。どうして僕を城に招き入れた?」
「それは〝ある提案〟をしたいと考えていたからでしゅ」
「ある提案?」
「人族の勇者よ、ボクの仲間になってくだしゃい」
「は……はあ?」
「力を併せて一緒に世界を征服ちましょう」
「そしたら世界の半分をくれるって?」
思わず鼻で嗤う僕に、彼女は気怠げにうなずいた。
「はい、魔王は勇者にこう言うのが『おうどー』だと教わりまちたので」
「まさかそのセリフが本物から聞けるとは思っていなかったよ。で、誰からそんなことを教わったんだ?」
なんとなく予想できる。該当するのは異世界からやってきた歴代の勇者たちの誰か、もしくは時をかける彼女だろう。
「アナスタシア・ベルです。しかし彼女も雷帝ライディンから教わったと言っていましゅた」
やはりそうか、そしてアナスタシアは魔王とも通じている。
「アナスタシアとはどういう関係なんだ?」
「まあ、それなりの関係でしゅね」
そうはぐらかしてミルルネはニタニタと嗤う。
「それで、人族の勇者の答えを聞かせてくだしゃい」
「もちろんノーだ」
「そうですか、それでは仕方ありません……」
「やる気か? 来るなら来い、蹴散らしてやる」
僕が戦意を開放させた瞬間、周囲に緊張が走る。
「降参しましゅ」とミルルネは緩慢に両手を挙げる。
「えっ?」
「と、いうのはボクの個人的な意見です。魔王としての判断は人族の国々及び枢機教会と停戦したいと考えています。そのために、あなたに仲介役になってほちいのでしゅ」
「停戦……」
魔人族との停戦、それは僕も考えていたところだ。
魔王軍の弱体化が人族側に知れ渡るのは時間の問題、そうなれば東西大陸の各国が北方大陸の覇権を巡って我先にと攻め込んでくる。戦いはそれだけでは終わらない。領地を奪い合う人族同士の戦いに発展する可能性もある。
そうなる前に停戦協定を結んで拮抗状態を作っておきたい。
「停戦の条件は?」僕はミルルネに聞いた。
「西方大陸と東方大陸を半分ずつで良いので返してください。それから超級召喚陣の破壊をお願いしましゅ」
「それであんたらは何を差し出すんだ?」
「差し出す?」ミルルネはポカンと口を開けた。
「は?」
「なにか変なことを言いまちたか?」
「それじゃあ交渉にならないぞ。お前らにとって都合の良い条件を出しただけじゃないか、ただのカツアゲだ。双方にメリットがないと停戦なんて成立しない」
「そうなんですか? しかし残念ながらこちら側から差し出せる物はありません。西方の北に展開していた部隊も既に壊滅していましゅし……」
ミルルネはポンと手を打った。
「ならボクの首でどうでしょうか? 魔王の首、悪くないでしょ?」




