第212話 相対
ぱっかぱっかと馬っぽい魔獣が、僕らを乗せた籠を引いて歩き出す
「城まではどれくらい掛かるんだ?」と同乗する黒騎士に尋ねてみた。
魔境の広さがどれほどか知らないけど、この速度だと何日も掛かってしまいそうだ。いっそ僕だけ空を飛んで行ってしまうのもアリだな。それともやはり彼らと一緒じゃないとマズいか……、単独で乗り込んできたと思われて余計な混乱を生みそうだ。
「転移門を使いますのですぐに着きます。小一時間ほどです」
「転移門? それって転移魔法のこと?」
「少し違います。転移門は要所をつなぐ固定型の転移術式です。行先は決まっていて、この世界でのみ使用することができます」
「ふーん、そりゃ便利だね」
窓が閉まっているのは、転移門の位置を知られないためか。
足を組んだ僕は、ミルルネの入った木箱に目を移す。カサリとも音がしないから心配になってくる。
「怖くはないのですか?」唐突に黒騎士がそんなことを聞いてきた。
僕は兜の奥にある彼の眼を見つめた。
「敵地の総本山に乗り込むんだから、そりゃあね……。罠かもしれないし捕まって殺されるかもしれない、そう思うと怖くて仕方ないよ」と肩をすくめる。
仮面で表情は分からないけど、黒騎士は微かに笑ったように見えた。
「その割には落ち着いているように見えます。それどころか余裕さえ感じる。それでいて驕りを感じさせず全身に漲るオーラに緩みがない。人族の勇者とはかくも豪胆な方なのでしょうか」
手放しの賞賛がこそばゆい。
彼の発言に裏表はなく、自分と異なる人種に対して純粋に興味を持っているように思えた。目の前にいるのが魔人だということを忘れてしまいそうになる親近感、これが計算なら彼は相当な策士か人たらしだ。
「いや、そんなことはないさ。実際のところ、僕ひとりだったら断っていた」
「ひとりだったらとは? あなたは不思議なことを言うのですね」
「僕はいざとなれば〝虎の威を借るキツネ〟になれるのさ」
中指と薬指を親指の腹に付いてキツネを模倣すると、その意味が理解できなかったのか黒騎士は小首を傾げてみせた。
「ま、ちっぽけな男だってことさ。あまり買いかぶらないでくれ」
「ふふ、ちっぽけな勇者とは逆に興味深いものがありますね」
黒騎士がくすりと笑ったそのとき、ガタガタと僕らを乗せた籠が揺れはじめる。
「転移門をくぐったようです」
「窓を開けて外を見ても?」
「かまいません」
僕は窓から顔を覗かせて前方を見た。広陵とした大地にそびえる巨大な要塞が迫ってくる。すごい迫力だ。魅せることよりも守りと機能を追求した造形をしている。
地鳴りと共に鋼鉄の城門が開いていき、僕を乗せた馬車と黒騎士の一団を迎え入れた。
僕は黒騎士たちにエスコートされて城の中を歩いていく。
ここが魔王城、ライゼンですら到達できなかった場所、その場所に僕は立っている。
なんだか感慨深くて、胸の奥から熱い感情が込み上げてきた。魔王城に来て感動するなんて変な気分だ。
しかし謁見の間というのは、どこに行っても似たような造りをしている。目的が“謁見”なのだから自然と同じ構造になるのは当たり前といえばそれまでだ。
それにしても壁沿いに居並ぶ騎士の数が半端ない。デカイのから小さいのまで多種多様な魔人たちが両側の壁を覆い尽くしていた。
全員が僕に対して明確な敵意を放っている。ここにいる全員に囲まれて攻撃を受ければ、さすがにただでは済まない。
そして、前方の玉座に座するのが魔王ガイゼルだ。
意匠を凝らした漆黒の甲冑とマントを纏い、長い白髪と髭を蓄え、額から立派な角を生やしている。
僕を見つめるその眼光は鋭く、今まで会ってきた魔人たちよりも遥かに強い魔力の波動を感じる。
まさに大魔王の貫禄アンド風格だ。昔の僕なら眼が合った瞬間にちびっていただろう。
「よう、あんたが王様か? 用があるっていうからわざわざ来てやったぞ」と軽い口調でそう言い放つ。
僕の不遜な態度に周囲がざわめいた。
「無礼者がッ!」
我先に声を上げたのは壁に居並ぶ騎士団長っぽい黒騎士だった。
黒騎士が剣の柄を握りしめた直後、ガイゼル王は手を軽く挙げてそれを制す。
「余を前にしても恐れを抱かぬ豪胆さ、貴様はかつて余と一戦交えた人族の勇者に似ているな」
実に渋くて重みのある声だ。カリスマ性を感じる。
「それって雷帝ライゼンのことッスか?」
ライゼンの名に魔王の目元がぴくりと反応する。
「ほう? ヤツを知っているのか?」
「まあ、僕の祖父なもんでね」
「そうか、どうりで纏う空気が似ているはずだ」と魔王は微笑した。
転生している僕とライゼンを繋ぐ物は、もはや記憶だけで他にはなにもない。魔王の発言がただのハッタリなのか、本心なのかよく分からない。
話を合わせて油断させようとしているのか? そんな姑息なことをするような奴とは思えない。
「さて、まずは余の招きに応じたことを感謝しよう。次に貴様をここまで呼んだ理由であるが――」
「ああ、ちょっと待ってくれ」
無礼にも僕は魔王の言葉を遮った。騎士団長の奥歯が擦れる音が聞こえてくる。
「その前に王様、あんたに渡したい物があるんだ」
魔王に先手を打たれる前にミルルネ保険を掛けといた方がいいだう。
パンパンと手を叩いた。
すると打ち合わせ通り、一緒に馬車に乗ってきた黒騎士が木箱を運んで持ってきてくれた。
「それはなんだ?」魔王は言った。
「お土産だ」
金、土はお休みします。




