第210話 選択
「ここにいる子供たちは僕が預かる。ローレンブルクに連れて行ってちゃんとした生活をさせてあげたい。それから盗賊も解散させる」
ミルルネは頭を振った。
「どちらも許容できません。子供たちはボクらの希望なのです。それにボクがこの地下に引き籠るにはヤルドに養ってもらう必要がありましゅ」
「村人たちから奪った物で養わさせるな」
「じゃあ、あなたがボクを養ってくれましゅか?」
そう言って彼女は上目遣いで見つめてきた。
本気で言っているのか、どの口が言ってやがる。
「とにかく、ここの子供たちはローレンブルクに連れて行く」
「そんなぁ……せっかく育成計画が軌道に乗ってきたところなのに……」
がーんと分り易い顔でミルルネはショックを受けている。
「僕を止めたければそこから出て止めてみろ」
「自分で戦うなんてメンドウでしゅ」
彼女と戦うことも覚悟していたが、あっさり諦めやがった。
ひょっとしたら、ここにいる子供たちは氷山の一角なのかもしれない。この幼女がなにを企んでいるのか考えが読めない。
「ならそのままそこに入っているんだな」
「連れていかないでくれ!」と大声で叫んだのは髭面の男だ。
階段を走って降りてきた男は僕の肩を掴む。
「お願いだ! あの中には俺の息子がいるんだ! 他のヤツらの子供だっている!」
「ゾディアックに命令されて仕方なくやっていたことは理解した。だが、村から攫われてきた人たちと子供は連れていく。望むならお前らをリタニアスまで帰してやる。もう盗賊なんてする必要はない」
「……リタニアスに帰る? 俺には帰る場所なんてねぇ……俺は……、俺の手は汚れちまっているんだ……。俺は妻の家族を殺して……、彼女を犯した……、俺の息子はそのことを知らず俺を父と呼んでくれる……。こんなクソみたいな俺が……どの面下げて国に戻ればいいんだ……。女王様に合わせる顔がねぇ……」
「罪なら戻ってから勝手に償え。このままだとあんたの息子は戦闘要員として魔王軍に動員されるだけだぞ。自分の子供を守りたいならここから離れるべきじゃないのか?」
震えながら頭を抱えていた男は、僕の言葉に顔を上げた。
「……その通りだ。しばらく時間をくれ、他の連中を説得してみる」
「ああ、そうしてくれ」
髭面の男が仲間の説得をしている間に、僕とリザは盗賊に襲われた村に戻り、村人たちに盗賊団の真相を明かした。誘拐された人たちが今どうしているのかも含めて。
そのうえでローレンブルクへ混血の子供たちとその母親と一緒に引っ越すことを提案する。
場合によってはその父親、盗賊たちも一緒に引っ越す可能性があると告げた。彼らはゾディアックに命令されていただけと説明したが、すぐに割り切れるものではない。
だから無理強いはしないで希望者を募り、移住したい人だけを連れていくと伝えた。
しばらくしてから村の代表者が僕のところへやって来て、全員が移住を決意したことを告げた。痩せ細った彼らには今まで受けてきた仕打ちに対して怒りを向けている余裕はないのだ。
だからと言って過ぎたことでは済まされない。あいつらにはしっかり謝罪させて罪を償わせるつもりだ。
その日の夕方には、元リタニアス兵たちが猿の魔獣の背に乗って村にやってきた。彼らの家族も一緒だ。
誘拐された女性たちと村人たちとの感動の再会と孫の紹介があちらこちらで行われた後、髭面の男をはじめ元リタニアス兵たちは涙を流しながら村人たちに謝罪していた。
村人の中には無抵抗の元兵士を殴りつけた者もいたが、子供が父親を庇う姿に彼らは謝罪を受け入れたのだった。
時空転移魔法で一度に彼らを送り届けることもできるが、僕のアパートの部屋のキャパを考えて複数回に分けて送り届けることにした。
まずは栄養失調状態にある村の子供たちから送る。
子供たちを引き連れて獣人が住む地区に向かった僕は、長老に事情を説明して一時的な保護をお願いした。
長老はもとより、ジウや他の獣人たちは自分たちが牢屋に閉じ込められていたときよりも彼らがやせ細っていることにショックを覚えたようだ。すぐに食べ物を用意してくれた。
次は老人たちだ。彼らには農作の知識と技術がある。きっと魔王軍に踏み荒らされた田畑を元に戻して、ローレンブルクを豊かな国にしてくれるだろう。
「う……」
再び魔境に戻ろうとしたそのとき、突然ぐらりとリザがよろめいた。
ふらつき倒れてしまいそうな彼女の体を僕は支える。
「リザ、どうした? 顔色が悪いぞ……」
リザは顔を歪めて辛そうだ。息が荒く冷や汗もかいている。
「うむ……、どうにも魔境に行ってから調子が悪くて力が入らんのじゃ……」
確かに魔境に入ってからの彼女は妙に寡黙だった。
『魔境の空気は魔力を持たない者には毒なのだ。個人差はあるが敏感な者は、そこにいるだけで体力が削られていく』
「なんだって? でも竜族は毒耐性が高いはずだ。リタニアス兵のあいつらでさえ平気だったんだぞ」
『もしかしたら竜の角を切り落とした影響かもしれん。あの角には猛毒があるそうだが、体内に取り込んだ毒を溜め込んだり浄化したりする機能を持っていたと考えられる』
「くそ、今まで気付かなくてすまないリザ」
「平気じゃ……、動いておればすぐに治る」
「ありがとう、でも今回はローレンブルクで休んでいてくれ」
「い、嫌じゃ……。妾の心配は不要なのじゃ」
強がっているけど足元が覚束ない。リザは自分で思っているより魔境の毒に侵されてしまっている。
「頼むよリザ、僕はキミを失いたくない。今は休んでいてくれ」
僕はそっとリザを抱きしめた。
「うう……、ズルいのじゃ……。これでは抵抗できぬではないか」
「仕事の合間に様子を見に来るから、僕を信じて待っていてくれるかい?」
僕の腕の中で彼女はうなずいてくれた。




