第205話 証
下手に取り繕っても見抜かれて余計に警戒されるだけだ。遠回しに言わないで事実をさくさく伝えたい方がいい。
「……我々をどうするつもりだ?」老齢の獣人は言った。
「どうもしません。ここから出てもらうだけです」
牢の中にいる獣人たちの耳がピクリと動く。
「お前は人族だろう? どうして魔人が占拠するこの城にいる。魔人から取り戻したのか?」
「ええ、そうです。今は僕がここの主です」
老獣人は鼻をすんすんと鳴らした。
「その割にはお前の身体から魔人の匂いがぷんぷんする。それはなぜだ? なぜ敵対する魔人と一緒にいる?」
「ここにいる魔人は僕の配下になったんです」
「お前ひとりでゾディアックを倒したと?」
「僕と僕の仲間です。強そうじゃないから信用できませんか?」
「ああ、信用ならん。ここにいる誰ひとり連れて行かせない」
外に出られるにも関わらず、この異常なまでな警戒心はなぜだ。
ひょっとしたら口減らしのために処刑されたり、若い子が魔人の慰み者にされてきたのかもしれない。
そのまま全員処刑されると思っているのか、僕の言葉を信じてもらうのは簡単ではない。
だからってこのまま牢屋に入れて置く訳にはいかない。どうすれば敵でないと証明できる。時間を掛けて説得するしかないのか。
「……あ、そうだ! これを見てください」
僕はサイドポーチの中を弄る。取り出したのはゼイダから預かった紅蓮の勾玉だ。
「そ、それは!? 間違いない、ゼイダ様の王の証だ……。どうしてそれを?」
「旅に出るときにゼイダから預かったんです。北方に行くことがあれば役に立つだろう、獣人族が手を貸してくれるだろうって」
「王の証を託されるほどの御方とは知らずに失礼いたしました。ところでゼイダ様とあなた様はどういう関係なのでしょうか?」
おお、効果てきめんだ。態度が一変した。
ゼイダから受け取ったときは、もっと良い物くれないかなと心の中では思っていて微塵も期待していなかったけど、これほどとは侮っていたぜ。
「同じ家に暮らす家族みたいなものでしょうか? ちなみに彼の孫娘のクラリスは僕の婚約者なんですよ」
老人の表情がパッと明るくなる。
「なんと!? 王はクラリス様を見つけることができたのですね! そしてあなた様がクラリス様の婿殿とは!」
婿? まあ、どっちでもいっか。
「それでは誤解が解けたところで上に行きましょう。食べ物を用意してあります」
僕は他の牢屋に閉じ込められていた獣人族たちを引き連れて城の中には移動した。
ざっと数えただけでも四十人近くいる。ほとんどがゼイダみたいに狼の頭を持った獣人であり、アルペジオやクラリスみたいなタイプは数人しかいない。
長老の話では捕えられたときには今の倍近くいたそうだが、牢屋の中で死んだり魔人に連れていかれたりして徐々に減っていったそうだ。
これまでに何度思っただろうか、もっと早く来ていればよかった、と。
僕は彼らと一緒にエルガルが用意したスープをご馳走になった。
警戒して口を付けようとしないので僕が最初に飲んでみせると彼らは安心して食べ始めた。
僕と長老を囲む獣人たちに僕は語り掛ける。
「みなさん、僕はこのローレンブルクを共和国として再建しようと考えています。あなたたちにはこの国の住民第一号になっていただきたい」
「共和国ですか……、魔人と一緒に暮らせと言うのですか?」
長老は顔を曇らせる。
「そうです。人も魔人も獣人も、誰もが平等に暮らせる国です。この国を支配していた魔人たちは僕に服従しました。彼らが守護するここなら安全に暮らすことができます。もう魔人に怯える必要はありません」
「ふざけるな!」
叫んで立ち上がったのは若い雄の獣人だ。スープの入ったお椀を地面に叩きつける。
「俺は奴らに家族を殺されたんだぞ! それを許して一緒に暮らせと言うのか!」
彼の怒りに呼応するように獣人たちは憤怒で肩を震わせる。
僕はお椀を芝生の上に置いて立ち上がった。彼の前まで進んで向かい合って立つ。
やり場のない怒りを僕にぶつけるように睨む彼に語りかける。
「キミの言うことはもっともだ。僕も恋人を目の前でゾディアックに殺された」
「ッ!?」
たじろいだ彼に僕は頭を下げた。
「キミの気持ちは理解している。そのうえでのお願いだ、頼む」
このジェスチャーが獣人に通じるか分からないけど、他に伝える方法を知らない。
「魔人を許せない気持ちは分かる。だけど踏みとどまってほしい。それでも納得できないならキミにはここから出て行ってもらう。孤高の復讐者になるのもいいだろう、止めはしない。だけど――」
僕は地面に転がるお椀を拾い上げて彼に差し出した。
「もしキミが復讐者として再びこの街に足を踏み入れたとき僕は容赦しない。国民を守るために全力で戦わせてもらう」
「うう……」
「よせ、ジウ……。この御方の言葉は我らが王、ゼイダ様の御言葉だと思え。それともゼイダ様が証を預けたロイ殿を信用できないと?」
老人は欠けた犬歯を剥き出した。
若い雄の獣人は唇を噛みしめた後、僕に頭を上げる。
「……ロイ殿、失礼いたしました」
「僕とキミたちに上下関係はないよ。この国を一緒に盛り上げる仲間だと思ってほしい」
複雑な微笑を浮かべたジウは僕の手からお椀を受け取った。
僕はエルガルと相談して、獣人族の人たちに比較的状態の良い住居が残る一画を提供し、そこに住んでもらうことにした。
その後、ローレンブルクの魔人を代表するエルガルとセシルルを交えて獣人族の長老と調整を済ませた僕は、リザと一緒に魔境へ入る。




