第204話 回収
~前回のあらすじ~
城内を散策していたヴァルは、自分の身体が保管されていた痕跡を感じ取る。
しかしアルデラが持ち出したことを知ったヴァルは「嫌な予感がする」と呟いたのだった。
「僕と同じように肉体の移植をしたら……、たとえばアルデラがヴァルの左腕を移植した場合、今ここにいるヴァルの意識はどうなるんだ? もうひとつ増えたりするのか?」
『分からぬ』とヴァルは答える。
「まさかアルデラはヴァルと同等の魔法が使えるようになるのか? それがヤツの目的なのか?」
『分からぬ』
「そうか……」
前例のない話だから、そりゃそうだよな。
『アルデラという者が、単にコレクションするためだとは考えにくい。自らを魔神に改造しようとしているのか、あるいは魔神の復活が目的か……』
「どちらにしても、そうなる前に回収する必要があるな」
こうやって独り言のようにヴァルと会話するのが当たり前になってきているが、傍から見ればちょっと危ない人間だ。僕なら近寄らないようにする。
現にひとりでぶつくさ呟く僕をエルガルは不気味がっていた。もちろん顔や態度に出したりしないけど、なんとなく雰囲気で分かる。別人格があることは理解しているようで、彼はヴァルと会話しているときの方が緊張している様子。
「ヴァル、お前の身体は全部でいくつあるんだ?」
『頭、胴体、左右に手足の六つだ』
「右腕は僕、左腕はアルデラ、他のパーツはどこにあるか分かるか?」
『今は無理だ。頭部か胴体があれば、他のパーツの所在を感じることができるやもしれん』
「頭か胴体……」
「あ、あの会話中に失礼いたします」エルガルが言った。
「同じようなミイラなら観たことがあります」
「本当か? それはどこだ?」
「ガイゼル王の居城です」
「ガイゼル王? だれ?」
「人族が魔王と呼ぶ存在です」エルガルは答えた。
おっとここで重大な事実が判明だ。
魔王はガイゼルって名前だったのね。そりゃ名前くらいあるよな。
「それでエルガルが見たミイラはどのパーツなの?」僕は訪ねる。
「あれは右脚だったと記憶しております」
「ふむふむ。なるほど、これで方向性が決まったな」
『そのようだな』とヴァルは間髪入れず同意する。これぞ以心伝心だ。
「ど、どうするおつもりでしょうか?」
「魔境に行く」
「魔境にですか?」
「ああ、ガイゼル王の居城に行ってヴァルの身体を回収する」
「しょ、承知しました。ご無理はなさらぬように」
エルガルはなにか言いたげな顔をしている。
「心配するな、あんたらのことは適当に誤魔化しておくさ」
床に片膝を付けたエルガルは僕を見上げた。
「ご配慮感謝いたします。しかし私はヴァルヴォルグ様に忠誠を誓った身、かつての主と対峙することになろうとこの命を賭して戦う所存であります」
「うむ、その覚悟受け取った」
「はっ!」
「ところで、あっちの建物は何に使っているんだ? ずいぶんと頑丈な造りだな」
僕は回廊から外れた場所に建てられた窓のない石造りの塔を指さした。
「あの塔は地下牢です。現在はローレンブルクを攻略する際に人族に協力した反抗的な獣人族を捕らえております」
「獣人族?」
「はい、奴隷として働かせようと思ったのですが、我々がこんな有様ですのでそのまま拘留しております」
「なんで先に言わなかった……」
「は?」
きょとんとするエルガルを僕は睨み付けた。
「多種族が共存する共和国だって言っただろ?」
エルガルの顔が真っ青に染まる。
「し、失礼いたしました!!」
「獣人族を解放する。すぐに温かいスープを用意しろ」
「御意!」
踵を返してエルガルは走り出した。
大きく息を吐き出して怒りを抑えた僕は塔に向う。
地下牢に続く鉄の扉を剣で斬り刻んで階段を降りていく。
これが戦争というものなのだ。
魔人側に悪いことをしているという意識はない。ましてや戦時下ならあいつの言い分の方が肯定される。
責任を取らせるためにエルガルたち幹部を排除してしまうのは簡単だ。
だが、それをしてしまえばもう誰も僕の言葉を信じなくなる。魔人との融和はなくなる。
ジメジメと湿ったかび臭い地下に僕の足音が木霊す。
薄暗い牢屋の中で一斉に何かが動く気配がした。警戒する獣の眼がいくつも光る。
まだ生きている、よかった……。
安堵した僕は剣で牢の鍵と閂を切り落とした。
中にいるのは老人から子供まで年齢も性別も違う獣人たち。みんな薄汚れたボロを着せられ、枷が嵌められた手足はやせ細っている。奴隷商の小屋で檻に閉じ込めていたクラリスの姿が脳裏に蘇り、拳を握りしめた。
彼らは突然やってきた僕に牙を剥いて警戒している。
ひとつの牢屋に押し込められている獣人は十人ほどだ。僕は群れのリーダーを探した。
中央にいる長老っぽいあの獣人がボスっぽいな――。
「僕はあなたたちの敵ではありません」
可能な限り余計な感情を削ぎ落して語り掛ける。




