第202話 現状
ヴァルから指名を受けた魔人が大きく目を剥いた。一点を見つめたまま動揺を隠せないでいる。
ゾディアックの首を斬ればその時点で魔王に楯突いた反逆者だ。しかしヴァルに逆らえば殺される。
彼は躊躇いを感じさせる足取りで踏み出した。頭を垂れるふたりの横に立つと震える手で剣を抜く。
つい先ほどまで自分たちを従えていた支配者、ゾディアックの首に刃を当てる。
――ヴァル、少し彼らと話をさせてほしい。
魔人が剣を振り上げたところでヴァルは、『待て』と制止した。
静寂に包まれる謁見の間に魔神の足音だけが響き渡り、階段を上がったヴァルが空席の玉座に腰を掛ける。そのタイミングで僕と人格が入れ替わった。
「ふぅ……」僕は息を付く。
魔力枯渇の影響で頭がくらくらするし倦怠感がひどい。気を張っていないと意識が混濁して倒れてしまいそうだ。
ヴァルが気を利かせて座ってくれたのは助かった。細やかな気配りができるのは意外と言うべきか、さすが雌をたらし込む淫獣と言うべきだろうか。
僕に少し遅れてリザが隣の玉座に腰を降ろした。まんざらでもない顔をしている。ふふんと鼻を鳴らして上機嫌で椅子の袖を撫ででいる。それは置いておいて本題だ。
こほんと咳払いした僕は、「我の配下になりたいと申したな?」とヴァルの口調を真似て言った。
ゾディアックのふたりは玉座の方に向き直り、表をあげた。動揺と期待を含んだ眼で僕を見つめ「その通りです」と口を揃えて答える。
「ならば我に絶対の服従を誓え」
ふたりは互いの顔を見合わせてうなずいた。再び僕に向って頭を垂れる。
「「あなた様に服従することを誓います」」
「うむ、それでは我はここにローレンブルク共和国を建国する」
「……共和国ですか?」ゾディアックの男は困惑した顔で言った。
「そうだ。この国を人族と魔人、その他の種族が共存できる国とする。そして国のリーダーは国民の選挙によって決定するものとする」
居並ぶ魔人たちは僕の突拍子もない提案を聞いてもざわつきもしなかった。ただの一兵卒として傾聴して置物のように立っている。彼らはいかなる感情でさえ表に出して、ヴァルの不評を買えば殺されると本能で感じているのだ。
僕は誰からも異論が上がらないことを一応ながらも確認して続ける。
「近いうちに我の代理の者をこの地に送る。貴様たちは国としての体制が整うまで、表向きは今までどおり統治しろ。そしてこの国の防衛を担え、魔王軍に迫害された種族を国民として受け入れて保護し、魔王軍から逃げ出した魔人たちの受け皿になるのだ。よいな?」
「「はっ! 御意のままに!」」
「それでは下がれ。貴様たち全員で多種族を受け入れる体制を整えろ」
僕とリザを残して魔人たちは謁見の間から出て行った。
『あの者たちを信じるのか?』ヴァルは言った。
「信じるしかない。けどたぶん裏切らないよ」
『なぜそう思う』
「根拠はないけどそんな気がする。まあ、国として機能するのは何年も先の話だろうけど。とりあえずローレンブルクを取り返したから一歩前進だな」
「くくくっ」
おもむろにリザがほくそ笑んだ。良からぬことを考えているときの顔だ。
「妾と主はついに王と王妃になったのじゃな」
「……僕の話聞いてた?」
ん? 僕が王妃の方なの?
『よいではないか、正式に国と成るまでは王と王妃がいても問題はあるまい』
「身内以外には驚くほど激甘だな……」
『ふむ、その言い方には語弊がある。我はすでにユウやリザ、愛すべき妃たちを身内として捉えている。正しくは「身内には甘い」だ』
「ちょっと感動するようなこと言いやがって……」
その後、僕はゾディアックのエルガルとセシルルを呼び出して情報収集を行った。
彼らの話では、この国に駐留する魔人兵は元々は十万近くいたそうだが、今は百人ほどしかいないらしい。
というのもアルゼリオン帝国を攻めたとき、次いでリタニアス王国を攻めたときに送り出した兵が戻って来ないからだという。
この二回の侵攻で魔王軍は大ダメージを負ってしまったのだ。
魔境からの増援もなし、北方の他の拠点も同じような状況らしく、守りがひどく薄っぺらい状態なのだそうだ。
僕ら人族は敵を過大評価していたようである。
魔王が軍隊をア○ゾンみたいにバカスカ送ってくるから無限に近い兵士がいるのではと錯覚していた。
実際のところ、彼らは僕ら以上にジリ貧なのだ。
この状況で人族側が総攻撃を仕掛ければ、余裕で北方大陸を奪還できるだろう。
人族の立場にいる僕は、この事実をレイラなり枢機教会なりに伝えるべきなんだろうけど、それが本当に正しい判断なのか分からない。
それとは別件で、彼らの能力についても聞き取り調査を行った。
《人馬宮》セシルル・サジタリウスの能力は《骸晶槍弾》、光の波長を全て吸収するクリスタルの槍を生み出して遠隔操作で飛ばすことができる。
そして《宝瓶宮》エルガル・アクエリアスは《千里眼》であり、自分の見ている視界を任意の相手と共有することができる。
彼らはこのふたつの能力を組み合わせて超長距離から僕を狙撃していたのだ。
不可視で必中の矛、これはかなりの脅威だと思う。危うく体を穴ぼこだらけにされるところだった。
しかもセシルルは目視し続ける限りどこまでも矛を遠隔操作できるらしい。ただし距離が伸びれば細かい調整ができなくなるため、心臓や頭部をピンポイントで狙うのは難しいとのこと。
しかしながら、理屈的には玉座に座りながら最高神官を狙撃することだってできるはず……。
ひょっとして誰も気が付かなかったのだろうか……。
いやいや、それはさすがにない。きっとそう出来ない理由があるのだ。とりあえず、この件については触れないことにする。




