第200話 ゴ―アヘッド
「リザ、脚を止めるな! 出来る限り不規則に動き続けるんだ!」
「うむ!」
僕はスピードと思考を加速させて森の中を駆け巡る。
考えろ、この局面をどう乗り切る?
一発の攻撃力はたいしたことはないが、急所に当たれば命に関わる。急所でなくてもこのまま攻撃を受け続ければ出血多量で死ぬ。
目視できなければ矢みたいに剣で叩き落とすことは無理だ。
ただ見えないだけなのか、それとも突然そこに現れるのか、どっちだ?
まずはそれを確かめる必要がある。
「リザ! 僕の傍に!」
距離を取って疾走していたリザが即座に戻ってきた。僕は彼女の手を掴んで引き寄せ、時空転移魔法を薄い膜のように展開して漆黒のドームを形成する。太陽の光が遮られ周囲は闇に包まれた。
「主よ、怪我は大丈夫かや?」
「ああ、たいしたことないよ。リザは?」
僕は傷口に触れた。光の加護によって傷が塞がっていく。
「妾は問題ない、まだ一度も攻撃を受けておらぬ」
「そうか、よかった」
リザが一度も攻撃を受けていないということは、敵は僕とリザを識別している。僕だけが狙い? 理由があるとすればおそらく――。
「主よ、この膜にはどういう効果があるのじゃ?」
「見ていてくれ」
かつてこれと似た方法で僕の攻撃を防いだ者がいた。
それは僕がユウだったときの記憶、ぼんやりとした意識の中で目にした黒球の散弾を防ぐために極刀が展開した土のドーム、その真似である。
見えない氷柱が遠距離から飛んでくるならドームに穴が開く。突如、空間に出現して僕の体に突き刺さるならドームに穴は開かない。
さあ、どっちだ?
ぶっちゃけた話、後者だとガチでやばい。回避する方法が思い付かない。一旦、異世界転移するか? もしも転移した先まで追ってきたら完全に詰みだ。
直後、ドームに穴が開いて光が差した。僕の足元に何かが突き刺さる。
よし、前者だ!
ドームを突き破って中に入ってきたということは、透明化させる魔法かなにかで氷柱を飛ばしている。
いったいどうやって視ている? 周囲にそれらしき気配はない。視られているなら気配を感じるはずだが、それがまるでない。
敵は僕の索敵範囲外の遥か遠く、おそらく拠点であるローレンブルク城周辺から不可視の氷柱を放ち、かつ僕の位置を視認して攻撃してくる。とんでもない能力者だ。
どうする……、どうやってこの状況を攻略する。
たとえ敵の位置が分からなくても、弾が飛んで来ているなら対応することはできる。
事実、このドームの中にいる僕は被弾していない。暗闇では狙いが定まらないのは明白。条件は有視界、僕らを目視して攻撃している。
――ならば、こうするまでだ!
僕は時空転移魔法で地面に穴を開けた。
「リザ、おいで」
縦穴を掘った後は地面と平行にトンネルを作っていく。異端審問官と闘って以来のトンネル作戦だ。
ただ真っ直ぐ掘るだけじゃなくて、わざと別れ道をいくつか作っておく。
「このまま穴を掘って城内に侵入する。ヴァル、進む方向を指示してくれ」
そろそろ地上ではドームの効果が切れた頃だろう。
敵は僕らの姿がないことをすでに把握しているはず。それにも関わらず僕は被弾していない。
思っていた通り攻撃が止まった。やはり闇に紛れてしまえば位置を特定されない。
問題は魔力だ。
ローレンブルク城までは目測で三キロちょっとだった。城にたどり着けたとしても僕の魔力は間違いなく枯渇する。倦怠感に襲われて意識が混濁して立っていられなくなる。
城内に侵入できても魔人と戦う力は残っていない。
透明化と超長距離攻撃、このふたつの特殊スキルを使いこなせるのは並の魔人ではあるまい。敵は間違いなくゾディアック、今回の敵は《白羊宮》並みに厄介だ。リザひとりでは負担が大きい。
「ヴァル、頼みがある」
『なんだ?』
「城にたどり着いたら僕と代わってくれ、僕は意識を保つだけでいっぱいいっぱいになる。頼む、僕の代わりに敵と戦ってほしい」
ヴァルは魔人との戦闘に積極的な介入はしない、それは今までの付き合いで解っている。
さすがに難色を示すかと思ったていたのだが、『よかろう、後は引き継ごう』と二つ返事で了承してくれた。助力するとの言葉は本気だったようだ。
「ありがとう、ヴァル。ということだリザ、後は頼んだ」
「うむ、任せておくのじゃ」
リザの頼もしい声が暗闇に木霊した。
金、土はお休みします。




