第199話 強襲
「はい、そんな訳で海を越えてやって来ました北方大陸! 見てくださいこの雄大な自然! 遠くに見える連なる山々には夏だというのに雪が残っています! 実に素晴らしい景色ですね~」
「主よ、いったい誰に説明しておるのじゃ?」
「いや、せっかく来たんだから。気分的に旅番組っぽくしたくてさ」
「タビバングミ?」
「気分アゲアゲでいこうって意味だよ」
「うむ、アゲアゲじゃな!」
御用邸で一晩過ごした僕らは翌日、空を飛んで海を渡り北方大陸に入った。
魔人がうじゃうじゃいるのかなと予想していたが静かなものだ。
アルペジオの話では魔王軍は人族から奪った主要都市を軍事拠点にしているとのこと。もちろんローレンブルクも含まれる。逆を言えば小さな町や村は魔人に占領されていない可能性がある。
「しかし初めてきたけど良いところじゃないか、空気が澄んでいて美味い」
『そうであろう、我もこの景色が気に入ってこの地に国を作ることにしたのだ。冬になれば一面雪に覆われてしまうが、その静寂がまたよい』
定年退職して田舎に引っ越したおっさんみたいな発言だな。僕は寒いのは嫌いだけどヴァルが自慢するほどの銀世界をこの目で観てみたい。温泉に浸りながら熱燗をくいっとやれば最高だ。
おっと、ここにもおっさんがいた。
『ユウよ、北方を奪還すると言ったが魔王軍の全拠点を制圧して回るのか?』ヴァルは言った。
「うーん、正直あまり考えないで出てきちゃったからな、だけどやっぱり最初はローレンブルクだろう。レイラの目的を僕が代わりに果たしちゃえば、彼女を勇者の責務や最高神官の護衛の任から解放してあげられるかもしれない」
「……主よ、そこまであの者のことを」
「あんなことを言っちゃったけどさ、僕はやっぱりレイラのことは嫌いになれないよ。だって彼女はラウラなんだから……」
「案ずるな主よ。あやつも分かっておるはずじゃ、妾には分かる」
「ありがとう、リザに言われるとそんな気がしてくるよ。さて、そうと決まればローレンブルクだ。道案内は頼んだぞ、ヴァル」
『よかろう。今回は可能な限り助力させてもらう』
「おう?」
ヴァルが自発的にサポートを申し出るなんて珍しいな。
『元々は我が作った国だ。それを我が子孫のために取り戻すのであれば協力するのが義であり筋というもの。加えて魔人が我が国で好き勝手やっているようならば容赦せん』
「実に頼もしいね」
方針が決まったところで僕らは再び空へ舞い上がった。
ヴァルが言うのに、僕らがいた場所から北方大陸東側のローレンブルク王国までは、飛んで行っても三時間は掛かるそうだ。
なので、一時間おきに休憩を挟みながら空を飛び続ける。
次第に村らしき家屋の集合体がぽつぽつと増えてきてはいるけど、どこも生活感はなく生き物の気配は感じられなかった。魔王軍に攻められる前に逃げたのだろうか。
『見えてきたぞ』
白く染まった山々を背景に森の中に建つ巨大な城が見えてきた。
「あれがローレンブルク城か……」
その異変に気付いたのは、完全に事が起こった後だった。
「うぐッ!?」
突然の激痛、左肩から血が流れている。なにかが突き刺さった後がある。
「主よ!」
「攻撃された!? まるで見えなかった! 森に降りて隠れるぞ!」
僕らは地上に降下して周囲を警戒する。リザと背中を合わせて息を潜める。
小鳥のさえずり、枝葉が風で揺れる音、川の流れる水面の音、些細な音も気配も逃さず集中する。
「うがっ!?」
今度は脇腹だ。見えない〝何か〟が突き刺さった。
「まただ! 攻撃がまったく見ない! どうなっているんだ!?」
「妾にも見えぬ……、なにが起こっておるのじゃ」
僕は腹部の傷口に触れた。
違う、傷口に直接触れることができない。触れないのは腹に視えない〝何か〟が突き刺さっているからだ。僕は〝何か〟に触れている。形状からして氷柱のような鋭利な物体だ。それが体に突き刺さっている。
視えない氷柱を引き抜くと傷口から血が流れはじめた。すぐに加護で治療を開始した直後、今度は背中に激痛が走る。
「ぐっ! またか!?」
今度は死角からだ。突然現れて突き刺さる。避けることも防ぐこともできない。
不可視で不可避の攻撃に襲われている!




