第20話 聖水は万能です
「はあ? こんなときになに言ってるのよ」
アルトはなじるような声で顔を歪めた。
「そうじゃない。水分ならおしっこでも大丈夫なのか? ちょうどもよおしてきたんだ。我ながら不純な物は混じっているとは思うけどさ」
首を傾げたアルトはカレンちゃんと見つめ合う。互いに判然としない顔色をしている。
「う、うーん……そ、そうね。たとえ成功しても聖水としての効果はかなり下がると思うけど……やってみないとなんとも言えないわ……」
「よっしゃ!」
「でもさ、人間って雑食で肉も食べるでしょ? だからたぶんダメよ、肉食の人のオシッコじゃ聖水は作れないわ、これは絶対よ」
「ああ、なんてこった……こんなことならヴィーガンになっておけばよかった」
僕は首をもたげた。暗く湿った低い天井を見上げていると、ふとあるさらに素晴らしいアイデアを思い付く。
「それならもう選択肢はひとつしかない。最終兵器を使う」
僕はキリッとした顔でふたりの妖精を交互に見つめる。
「最終兵器?」
「ああ、僕にとってはある意味で聖水よりも聖水だ」
「はあ? なにが言いたいのよ」
「つまり……、『出るか?』と聞いている」
その言葉の意味に気付いたアルトとカレンちゃんの顔が見る間に真っ赤になっていく。
「じょ、じょじょじょっ! 冗談でしょ!?」
「冗談でこんなこというか! お前たちの聖水で僕を助けてくれ!」
僕は額を床に擦り付けた。土下座だ。もうプライドなんて関係ない。助かるためならなんだってしてやらあッ!
「卑猥な言い方するな!」
「それともあれか? 妖精はおしっこしないのか? 不純物で濁っているのか?」
「……」
アルトはむぐぐと口を結び。カレンちゃんは顔を赤くしてうつむいてしまった。なにやら思い悩んでいるようだ。
むむ、これは脈ありだ!
「出るのか? 出ないのか? どっちなんだい!」
応えたのはカレンちゃん。もじもじと太ももを擦りながら「で、でます……」と小声で呟いた。
「じゃあ頼む! さあ、さっそくしてくれ! もうここの床一面をびっしゃびっしゃにしていいから早く頼む!」
「そんなに出ないわよ!」アルトが声をあげる。
「お願いだ! 僕を助けてくれ!」
再度額を床に擦りつけた。うぐぐっとアルトが歯嚙する。
「ああーっ! もうしょうがないわね!」
「やったぁーっ!」
僕は手枷をしたまま万歳だ。
「壁の方を向きなさいよ! ぜったいに振り返るんじゃないわよ!」
「わかったぜ!」
「わかってなさそう……。振り向いたら加護を付与する前に帰るからね」
「それでも私は一向にかまわん」
「は?」
「いや、なんでもない。よろしく頼んだ」
僕はアルトとカレンちゃんに背中を見せて座った。
耳を澄ますと背後から布ずれする音が聞こえてくる。可愛らしい妖精たちが小さなパンティーを脱ぐ姿を想像してしまう。
純白か、はたまた黒のレースの付いたやつか、それともまさかの丁字戦法か……。
しかしまさかふたりでするとは思わなかった。
どちらかひとりでいいのではないか?
そんな質問をするのは愚かなことだ。僕は何も気付かない。気付いていないし、気付いても絶対に言うもんか!
しゃー、と耳に意識を全集中していなければ聞き逃してしまうほど、本当にか細い放尿する音が牢屋に木霊した。
こんな状況だけどめっちゃくちゃ興奮してきた。
いや、こんな状況だからこそだろう。
動物は死にそうになると子孫を残そうとする本能が働くそうだ。だからたとえ妖精に発情したとしてもそれは否めないことではないか!
ふたりはとても可愛い。同じ種族なら恋をしていたかもしれない。
なので、僕は最小限の動きで首を動かして眼球を最大限界まで水平移動させると、目の前でアルトが羽ばたいていた。
「んぎゃ!」
目ん玉にフェアリーパンチを頂いて僕はうずくまる。
「まったくしょうがないヤツね……。あんたが振り返る前に加護を付与して聖水化しといたわよ」
魔法陣の端に小さな、本当に小さな水溜りがふたつできていた。まるでシマリスがおしっこしたみたいだ。
「こ、これが……聖水……か」
ごくり、と僕の喉が鳴る。
心なしか水面がキラキラと輝いている。
そう、これこそがまさに聖なる輝き、驚きの透明感!
「ジロジロ見るなぁ! ほら、早く! 蒸発しちゃう前に指で魔法陣をこすって模様を消しなさいよ!」
「お、オウッ!」
オットセイみたな声で返事した僕は、「そ、それじゃあ……」と口を開いて舌を突き出した。ペロペロと舌を触手のように動かしながら四つ這いになって聖水に顔を近づけていく。
「な……、ななななっ! なにやってるのよあんた!!」
アルトが慌てて僕の髪を引っ張り、聖水目前で僕の舌は止まった。
「なぜ止めるんだ!」
聖なる行為を邪魔された僕は抗議の声を上げた。いま僕の目からは血の涙が流れていることだろう。
「舐めてどうするのよ!」
アルトからアッパーカットをお見舞いされて正気に戻る。
「はっ!? 僕はいったい何をしようと!? そうか幻術か……恐ろしい魔法だぜ……」
「掛けてないわよ! いい加減にしろ!」
キレイなワンツーパンチがほっぺたにクリティカルヒットした。
またみてください!




