第197話 ビーアヒーロー
「おっと失礼、思い出に浸ってしまいました。聡明なフィオナ様の困った顔が是非見たかったもので、つい意地悪してしまいました」
にやりと微笑んだ僕に女王はくすりと微笑み返す。
「構いませんよ、目星は付いていましたから」
「ほう?」
「ラウラの転生体はリザですね」
僕は口笛を鳴らした。
「ご名答です。なぜ解ったのですか?」
「ただの消去法です。あなたが私やアルペジオに語った話に登場する人物の中で該当するのはリザしかおりません」
「さすがフィオナ女王だ」
「そして彼女の様子を見る限りまだ記憶は戻っていないのですね……。しかしながら恒竜族に転生するとは、ラウラらしいと言えばらしいです」
ですね、と僕は肩をすくめる。
「でもラウラの転生はそれだけじゃないんですよ」
「どういう意味ですか?」
彼女の裏をかけたのが少し気持ちいい。
「登場人物の中にもうひとり該当者はいませんか?」
「まさか……レイラ・ゼタ・ローレンブルク?」
「その通りです」
「ええ? どういうことですか?」
「転生する際に魂が別れたようです。もっともそちらとは仲違いしてしまいましたが」
「本当に……、彼女にはいつも驚かせてばかりです」女王は眉間に指先を当てる。
「心中お察しします」
「理知的なあなたが勇者レイラと仲違いですか……。あなたと彼女の間で何があったのかは詮索しません。ですが、きっと本心から嫌ってはいませんよ」
「……フィオナ女王」
「はい、なんでしょう」
「僕は勇者を名乗ることにします」
「勇者を? ですが教会の指名がなければ勇者を名乗ることはできません」
「ええ、だから勝手に名乗るんです。勇者になるのに指名なんて本来必要ないと思うんです。誰でも勇者になれる。僕はそれを証明したい」
「あなたはこの世界の新しい風になると言うのですね」
なにかを決意するように女王はうなずいた。
「分かりました。人々を納得させるには後ろ盾が必要でしょう。大恩あるあなたをただのピエロで終わらせる訳にはいきません。なので、リタニアス王国が君主フィオナ・グローリアステューダーがあなたを勇者として認定します」
「え? でもそれでは教会から……」
不利益を受けてしまう。
「構いません」と頭を振った。
「後日、国として正式に発表します。私自身も教会にはほとほとうんざりしていたところです。彼らが望むのは自分たちの保身だけ、古き悪しき体制を転換される時が来たのです。あなたが勇者として世界を救えば世界は変えられる」
「世界を救うとかそんな柄じゃないけど、僕はイザヤとの約束を果たしたい、それだけです」
「ときにロイ殿……」
僕を見つめて女王はにこりと微笑んだ。
「はい?」
「この国は疲弊しています。希望の光を求めています」
「はあ……、というと?」
「世継ぎが必要だと思いませんか?」
「え?」
「国民を鼓舞するには女王である私の懐妊が急務です。それが英雄の血を引く者となれば皆に勇気を与えることができましょう」
彼女の言わんとするのは――、ごくりと喉が鳴る。
「指揮を執るために避けていましたが、やっと時間を取ることができそうです」
女王が前かがみになりにじり寄ってくる。高貴なオツパイが左右に揺れながら迫ってくる。
「ちょ、ちょっと待ってください……心の準備が、いえ、そういう問題じゃなくてですね……」
「これは国のため、ひいては人類のためです。可及的速やかに行わなければなりません。そして、私自身があなたを欲しています。恥ずかしながら私にはまだ経験がありません。これでも精一杯なのです……。お願い、私に恥を欠かせないで」
女王は僕の下半身に手を伸ばしてきた。
「うう……」
こんな綺麗な女性に迫られて拒否できる男なんてこの世に存在しない。
けど、ダメだ。こんな気持ちで体を重ねるのは良くない。
「なんてね」
「ふぇ?」
「冗談です」
「うぇ……」
「私もまだまだイケるようですね、安心しました」と、いたずらっぽくウインクしてみせた。
僕の心臓はバクバクが止まらない。
「お二人ともおやめください!」
「誰も入れるなと厳命されています!」
脱衣所からだ。侍女たちが騒いでいる。なにやらも揉めているようだ。
「ええい、離すのじゃ!」
「なんでお前がいるのだこのトカゲ娘!」
「なんじゃと!? ついてきたのは貴様の方ではないか妖怪耳長女! 主よ! 一緒に湯に浸かるのじゃ!」
「このデスピアが先なのだ!」
脱衣所で互いの足を引っ張り合っている姿が目に浮かぶ。
「リザとデスピアか……」
「今日のところはこれで失礼します」
「女王……」
「どうぞフィオナとお呼びください。さきほどは冗談と申しましたがラウラの許可さえもらえれば、私はそのつもりですので。その際は最後までお付き合いください。それではまたの機会を楽しみしております」
ゆるりと立ち上がり、フィオナは湯煙の中へと消えていった。
「ぬがー!」
「ふぬー!」
脱衣所ではふたりがまだやりあっているようだ。
面倒くさい争いに巻き込まれる前に、僕は露天風呂からこっそり逃げ出したのだった。




