第195話 勇者という名の光
敵を斬り伏せながらリタニアス城を駆け抜けた。
襲い掛かってくる魔人や魔獣を一切の慈悲なく、躊躇いや感情を置き去りにして機械的に屠っていく。
魔人の足元には兵士の死骸、さらにその上に倒した魔人が重なる。すでにそれなりの数を片付けてきたと思っていたが、城門を潜って外に出たその先、跳ね橋門付近の戦場はもっと酷い惨状だった。
殺された兵士を超える魔人や魔獣のおびただしい死体が転がっていた。
さらに次から次へと襲い来る魔人たち、その地獄のような場所で、たったひとり立ち塞がる男がいた。
魔槍グングニルを構えたイザヤだ。
一目で限界を超えていると分かった。足は重く技にキレはない。当時の彼の動きは見る影もない。
もはや意思だけでそこに立っている。
攻防が止んだ僅かな間隙でイザヤは立ち尽くして空を仰ぐのだ。戦場にいることを忘れたかのように目を瞑る。
そして敵が刃圏に入った瞬間、反射的に槍で敵を穿つ。開かれた目の光は消えていない。倒れそうになっても歯を食いしばり、何度でも踏みとどまる。人々を護らんとする男の背中があった。
周囲の敵を一掃したイザヤの上体が、ぐらりと傾いていく。
「イザヤ!」
僕は駆け寄りイザヤの体を支える。
「おお、助けにきてくれたべか……。えっと、おめえは……すまねぇ、名前はここまで来てるけど思い出せねぇべ……」
かすれた声で彼は自分の喉を指さす。
「僕はユウ・ゼングウです。かつてあなたとコウレス平原でゾディアックと戦いました」
「ユウ・ゼングウ……、ああ、覚えているべ。懐かしい名前だ……」
「ノエルはどこですか?」
僕の問いにイザヤは寂しげに苦笑した。
「ノエルはな、前回の戦いで……オラをかばって死んじまったべ……」
「そうでしたか……とても残念です……。とにかく今は傷と体力の回復を」
イザヤの体はいくつも深い傷を負っていた。この状態であれだけの戦闘を続けていたなんて常識では考えられない。
僕はいざというときに取っておいた上級ポーションをポーチから取り出した。栓を抜いてイザヤの口元に運ぶ。
「もう無理なんだべ……」
そう言った彼は首を振って飲むことを拒絶する。
「なにを言っているんですか! 無理じゃない! このポーションなら傷を治せます」
「オラの腕を見てみるべ」
イザヤは右手をあげた。彼の指先が徐々に崩れていく。塵となり崩れていく。
「これは……」
「オラは魔法で何度も生き返り、何度も傷付いた体を戻してきたべ。もう……回復に体が追いつかねぇんだ……、もう限界なんだべ……。だからそのポーションは無駄になっちまうだ」
「そんな……」
「ユウ、後は任せたべ。みんなを守ってやってくれ……」
イザヤは朽ちていく右手で僕の肩を掴んで微笑んだ。
――ああ、そうなのか。
僕がイザヤに憧れて、彼に惹かれていた理由がはっきりと分かった。
強くて明るくて真っ直ぐで、いつも前を向いているそんな物語に出てくるような主人公。自分のことを顧みず、ただ誰かのためにその命を懸ける、そんな絵に描いたようなヒーロー像、それがイザヤ・ブレイガルという男なのだ。
「あなたこそ……、本物の勇者です」
声が震えていた。目から涙が零れ落ちていく。
僕の言葉にイザヤは悔いのない清々しい顔で笑う。
「嬉しいべな……、教会の連中に言われるよりも百万倍嬉しいべ……」
「あなたの意志は僕が引き継ぎます。後は任せて、ゆっくり休んでください」
「ああ、そうさせて……もらうべ」
イザヤの体は崩れていく。そして塵となり風と一緒に流れていった。
「アナスタシア……、これも必然だと言うのか……。避けられない運命だというのか……」
僕は涙を拭い、拳を握りしめて立ち上がった。
新たな軍勢が濁流のように大挙して押し寄せる。跳ね橋を渡って扇状に広がり僕を取り囲んだ。数多の死骸に警戒しているのか襲ってこない。
「来ないのか……」
僕は二振りの剣を抜いた。
「頼むから、涙が枯れるまでは付き合ってくれ」
地面を蹴った。魔人部隊に向って走り出す。
僕はそれから剣を振り続けた。ただただ敵を斬った。
一切足を止めることなく、呼吸することもなく、傍から見れば血の暴風が吹き荒れているように見えただろう。そういう災害として僕はそこに存在した。
◇◇◇
戦いが終わったのは明け方だった。
気付いたときには王都の時計塔広場に立っていた。
視界には無数の魔人の死骸、リタニアス兵の遺体も同じくらいある。
集中が途切れると同時に戦闘中に受けた傷の痛みがズキズキと拍動をはじめる。
鉛のように重たい足で歩き出した僕の喉から込み上げてきたのは嗚咽だった。
もっと早くアイザムでティナと接触していれば、夜になるまで待たずに手紙をレイラに渡せていれば、被害を最小限に食い止めることができたかもしれない。イザヤを助けられたかもしれない。
そんな〝たられば〟を考えていても仕方ないことは分かっている。手紙をレイラに渡すのがもっと遅かったらリタニアスは魔王軍の手に落ちていただろう。
おめえはよくやったべ――。
風に乗ってイザヤの声が聞こえた気がした。
僕は彼の意志を継ぐと約束した。
だからどんなときも顔を上げて前を向け、様々な哀しみを乗り越えながら進め。
それが勇者という名の光だから――。
血に塗れたその手で涙を拭った。
第二十二章はここでおしまいです。
次章は1~2週間後に投稿を予定しています。
よろしくお願いします。




