第193話 救世
謁見の間の中央に立っていたのはひとりの少年だった。
あどけなさを残す顔にダークブラウンの髪をした少年が、一瞬で七体の魔人騎士を切り刻んでしまった。
魔人騎士の強さはリタニアスで戦ってきた者なら誰もが知っている。その強さはオリハルコンクラスの戦士が三人いてやっと対等に渡り合える強さだ。
その魔人騎士を一瞬、しかも七人をほとんど同時に屠ってしまったのだ。この少年は一体……。
「アルペジオ、無事か?」
少年に名前を呼ばれてアルペジオは我に返った。
「え? あ、うん……」
少年の口ぶりは久しぶりに旧友に合ったような調子である。しかし当のアルペジオには彼の記憶はない。これだけの実力者ならどこかで会っていれば覚えているはずなのに。
「フィオナ様は?」
「だ、大丈夫、怪我はしてないよ」
「バリウスとタルドは?」
少年は矢継ぎ早に質問を続ける。
「途中で別れたから分からない。いるとしたら下の階にいるはず」
「わかった。彼らのことは僕に任せてキミたちは玉座の後ろに隠れていてくれ」
少年は平然と言った。まるで一段落したようなセリフだ。
くつくつと魔人の笑い声が木霊した。
当たり前だ。まだ終わっていない。ゾディアックの騎士が残っている。部下が倒れても動揺するどころか余裕すらうかがえる。この男にとって部下たちの戦力などその程度のものなのだ。
それにも関わらず少年は落ち着き払っている。
「おやおや、敵の前で隠れ場所を指示するなどおバカさんのようですね。しかし、部下たちを倒したその腕前はなかなかです。面白いですね……、私も剣士としてスピードには自信がある方でして、是非あなたの名前を教えていただけないでしょうか?」
「ユウ・ゼングウだ」
ユウ・ゼングウ――。
それは彼と同じ名前だった。かつて《極刀》というパーティで《白き死神》と呼ばれた彼と同じ。そしてアルゼリオン戦役において二十万もの大軍をたったひとりで殲滅した謎の魔導士の名前もまたユウ・ゼングウと名乗ったと聞いている。
「ほほう? あなたがかの有名なアルゼリオンの死神ですか。これはこれは、こんなところでお会いできるとは調教のやり甲斐がある……。わたくしはゾディアックがひとり――」
「あー、別に名乗らなくていいよ」
少年は魔人の言葉を遮った。
「なに?」
「どうせすぐ死ぬんだから。それに興味がないし」
あろうことか少年はゾディアック相手にそう言い放ったのだ。
魔人の額に青筋が走る。口角をピクピクと痙攣させながらも男は挑発に乗らず頭を振った。
「やれやれ……まったく、怖いもの知らずとでも言うのでしょうか。その度胸は賞賛に値しますよ」
「怖いもの知らず? 相手の力量も測れないからド三流って言われるんだ」
さらに少年は煽る。
一気に空気が硬直した。魔人は抑えていた殺気を解放し、相貌を怒りに歪める。
「図星みたいだな、言われたのはデリアルあたりだろ?」
「なっ!? き、決めたぞ小僧……。貴様は生きたまま八つ裂きにして食ってやる……。食われながら私を侮ったことを後悔させてあげます!」
「そうあることを願うよ」少年は肩をすくめた。
「小癪なぁぁあッ!」
速い!
アルペジオは目で追うことができなかった。
瞬きの間に魔人が距離を詰めて剣を振り下ろしていた。切断された少年の右腕が胴体から離れていく。
「くきゃきゃきゃッ! まずは一本いただきました! 次は足だ! 口ほどにもない! なにが三流ですか! 残念でしたぁッ!」
「そう、残念だ。そいつは『残像だ』ってね」
「な、なにっ!?」
いつの間にか男の背後に回っていた少年の剣が魔人の心臓を貫いた。
「あんた、遅すぎるよ。本当にゾディアックなの?」
「かっ……、馬鹿な……」魔人は白目を剥いて倒れていった。
剣に付着した血を振り払った少年は、踵を返して扉に向かって歩き出す。
「あの! ちょっと待って!」
アルペジオは呼び止めていた。少年は立ち止まり振り返る。
「キミは誰なの?」
少年は微笑んだ。
「さっきも名乗ったけど僕はユウ・ゼングウだ。キミの知る白き死神と呼ばれたユウ・ゼングウの生まれ変わりだよ」
彼はそう答えると風のように走りだした。もう姿は見えない。
残されたアルペジオとフィオナ、侍女のシャルロットは狐に抓まれたみたいな顔で互いを見合わせた。




