第187話 手段
~前回までのあらすじ~
レイラに振られたユウは、もうひとりの恋人であるアルトを探す旅に出るというダメ男っぷりを発揮する。
そして、無事にアルトと再会したユウだったが、リザがラウラだという事実が発覚するのだった。
僕とアルトはボロアパートから再びフィルの森に戻ってきた。ふたりきりで落ち着いて話す時間がほしかったけど、ほとんどトンボ返りだ。
その理由は『ラウラなら森で寝ていたじゃない』というアルトの一言に他ならない。
真相を確かめずにはいられない。アルトを疑っている訳ではないが彼女の見間違いという可能性もある。だからカノンちゃんの意見も聞いてハッキリさせたい。
さっそく僕らの帰りを待っていたカノンちゃんに確認したところ、彼女はリザがラウラの転生体だと気付いていたと告げた。僕がすでに知っているものだと思っていたから、そのことについて特に触れなかったそうだ。
確かに思い返してみれば、カノンちゃんは全方位の種族から畏怖される恒竜族のリザをまったく恐れてはいなかった。あれはリザがラウラだと気付いていたからだ。
「気付いてなかったの?」とアルトに普通に言われ、なんてことないセリフがぐさりと胸に突き刺さる。
「ああ……ちょっと、いや、かなり混乱している……。ええ、嘘だろ? リザがラウラ? だってレイラがラウラで? レイラとラウラの剣技が同じで……え? なんで? 僕が間違えているのか?」
自分がラウラを見間違えるミスを犯したことが受け入れられない。雷に打たれたようにビビビってきたのはなんだったんだ。
『レイラをラウラと感じたユウの直感は間違ってはいまい』森にヴァルの声が響いた。
「え、誰なの?」アルトが周囲を見渡す。
「魔神ヴァルヴォルグだよ。ミレアがくっつけた右腕は本物だったんだ」僕は言った。
「へ?」
呆気に取られるアルトに簡潔に説明した僕は先を急いだ。
「ヴァル、それはどういう意味だ?」
『転生時に魂がふたつに分離したものと推測する。かなりのレアケースだ』
「じゃ、じゃあ……」
『レイラもリザもラウラの転生体だということだ』
僕は頭を抱えていた。ふたりに転生するなんて完全に想定外だ。それもそうだがリザに対しても、ラウラに対しても申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた。
「ユウ……」アルトが僕の顔をのぞき込む。
「リザは僕と初めて会ったときに『この出会いは運命だ』と言ったんだ。それってつまり記憶がなくても彼女は直感できていたってことだろ? それなのに僕は……こんなに近くにいたっていうのに、今まで気付かなかったことがショックで仕方ない……」
自分がひどく薄っぺらに思えてくる。愛だなんだと御大層なことを語っておきながらこれだ。
「それこそ仕方ないわよ、レイラの中のラウラを感じ取っただけでも奇跡みたいなものじゃないかしら」
「うん……、ありがとう。でも参ったな、せっかくラウラの転生体を見つけたっていうのに、彼女たちの記憶を戻すのは難しそうだ」
「……うぬ? 戻ったか主よ……」
目を擦りながらリザはむくりと起き上がった。
「作戦は上手くいったのかや?」
「ああ、うん。紹介するよ、彼女が僕が探していたもうひとりの恋人、妖精のアルテミスだよ」
「よろしくなのじゃ!」
リザの目の前まで飛んでいったアルトは言った。
「よろしくと言うより久しぶりね、ラウラ」
「ふぬ? ラウラ?」リザは首を傾けた。
「おい……、アルト」
「隠しといてもしょうがないでしょ。早く言っちゃった方がいいわよ」
「そ、そうだな」
でも心の準備がまだできていない。できれば僕の口から話したかったけど、ここはアルトに任せておこう。
「リザ、驚かないで聞いて。あなたの魂の色はラウラと一緒なの。つまりあなたはユウが探していたラウラの転生体なのよ」
「……妾がラウラの転生体?」
「そうよ、間違いなくね。なにか思い当たることはないかしら? 今まで出会った人や見てきた町並みの記憶とか既視感とか」
アルトに問われてリザはぽんと手を打った。
「ひょっとしてラウラというのは、桃色の長い髪をしたこんな感じの目付きの悪い女のことかや?」
リザは人差し指で自分の両目を吊り上げてみせた。
「ッ!? リザ、覚えているのか?」
「覚えているのではなく、たまに夢に出てくるのじゃ。桃色の娘が誰かを探して走り回っている夢をな。そうか、あの娘が探しておったのは前世の主じゃったのだな……。そして妾は、かの者の転生体であったか……」
リザの瞳がはっと見開かれる。
「――ということはなんじゃ! 妾は主の探し人だったのじゃな! やはり主との出会いは運命だったなのじゃ! 嬉しいのじゃ!」
リザは飛び跳ねるように抱きついてきた。僕はされるがまま彼女の抱擁を受ける。
「嬉しいけど、嬉しいけどさ、調子が狂うというかなんというか」
「ラウラのおバカな部分を凝縮したような娘ね……」
ボソリとアルトが呟いた。
◇◇◇
その夜は一晩中、アルトの放免と再会をみんなで喜び合った。
焚き火を囲みながら、僕は妖精のふたりにロイに生まれ変わってから今日までの経緯を語る。
ヴァルが淫獣だったことや次第に増えていく婚約者に、アルトは怒ることはなかったけど呆れていた。
リザとレイラの記憶を戻すのは一端棚上げである。
彼女たちから聞き取り調査をした上で方法を模索した方が良いと僕は判断した。
前世の記憶が戻らないのは、魂が分かれているのが原因かもしれない。
しかし、リザはラウラの夢を見ていた。ということはレイラも同じ夢を見ている可能性はある。そこに解決の糸口があるはずだ。
さらに僕は、今回の件でとあるアイデアを思い付いたことをアルトに告げた。
「アルト、僕はすごいアイデアを思い付いたよ。それが上手くいけばいつでも僕はキミに会いに行ける。会おうと思えばいつだって会えるんだ」
「どうやって?」
「時空転移魔法さ」
「え? で、でもあれって異世界を移動する魔法でしょ?」
「うん、その通り。僕は元の世界とこっちの世界を何度も行き来してきた。その度に同じ場所に戻ってきていた。それを別の場所に指定すればいいんじゃないかと思ってね」
「どういう意味?」
「僕はさっきインプの里から日本に移動して、そこからフィルの森に移動してきた」
「あッ!?」
さすがアルト、もう気付いたみたいだ。リザはまだ理解できていないみたいだから補足する。
「つまり、アイザムからボロアパートに行ってアイザムに戻る必要はないってことさ。ボロアパートを中継点にすれば違う場所に移動できる。例えばこのフィルの森をA地点、ボロアパートをB地点、アイザムをC地点とする。いつもはAからB、そしてAに戻ってきた。それをAからB、そしてCにすればC地点に移動できるはずなんだ、しかも一瞬でね。それができるなら僕は好きなときにアルトに会いにくることができるだろ?」
説明を終えるとアルトは泣きながら笑った。僕はそんな彼女を抱きしめずにはいられなかった。
もっとも、そっと頬に触れるだけに留めたのだった。




