第186話 正体
圧されていく妖精、どう見ても劣勢、臆病者なら家にSTAY、それが民主制? という名の強制!? 待ち焦がれるのは救世! SO YOU SAY! いつも遅れて来るYO救世主ッ! Yeah……。
はい、そんな感じで韻を踏んでみました。
そうこうしている間に新たな妖精が舞い降りきた。彼女は仲間を守るように風の障壁を展開して僕の前に立ちはだかる。
作戦どおりカノンちゃんの説得は上手くいったようだ。
風になびくビリジアンの髪と大きな瞳は変わらない。だけど、カノンちゃんと同様に少し大人っぽくなっている。
「この里の者たちは誰も傷つけさせないわ!」
アルトは眉間にシワを刻んで僕を睨み付けた。
「ぬうう? お前がこの里の長か?」と低い声で問う。
僕の声を聞いた瞬間、彼女の口元が戦慄いた。
「そ、そうよ! 私はこのインプの里を治める種族長、アルテミス!」
アルトの声は震え、瞳は潤み始めている。
「そうか、貴様がインプの長であるか……。大人しく降参するのであれば貴様の命だけは助けてやろう、くっくっくぅー」
「バカ言わないで! あたしがみんなを守る! みんなのために戦う! この悪い魔神め……、あんたなんか……、あんたなんか……この、あたしが……やっつけて、やるんだからね……」
尻すぼみに小さくなっていくセリフは涙声だ。アルトの目からボロボロと涙が零れていく。泣きながら必死で僕を睨み付けている。こっちまで目頭が熱くなってきた。
このままでは疑われてしまう。僕らが知り合いで互いに芝居をうっていると気付かれてしまう。しかしアルトは涙を止められない。
なんとかして他のインプたちの注目を僕に集めるんだ。
「ほう? 矮小な妖精の女王よ、やれるものならやってみよ!」
僕は魔神の腕を突き出した。禍々しい黒いオーラが迸る。圧倒的な魔力圧力に妖精たちが慄き、叫び声をあげた。耐えきれずに何人かが気を失ってパタパタと倒れていく。
「みんな離れていて! あたしの魔法でこいつをやっつける!」
「ふはははっ! さあ、来いッ!! 勇敢なる妖精の女王よ! 貴様の力をこの魔神ヴァルヴォルグに見せてみよ!」
「消し炭になりなさい! くらえッ!」
掛け声と共にアルトの掌から火の弾が射出される。彼女が放ったのは《火球弾》だった。この魔法は中級魔法であり、ドラ〇エで言えばメ〇ミと同等。とてもじゃないが魔神を倒せる魔法ではない。
しかしナイスチョイスだ。これなら火煙に紛れて姿をくらますことができる。さらに風魔法以外ならここで僕が負けを装っても精霊シルフは怒らない。
しかしこれだけでは演出が足りない。アルトは僕が怪我しないように魔法の威力を押さえてしまっている。きっと疑う者が出てくるはずだ。
さらに僕自身も物足りなさを感じている。もっと昔の戦隊ヒーローがキメポーズを取ったときに背景で起こる〝ちゅどーん〟がほしい。
だから僕はアルトの放った魔法が着弾する直前で、
「今だ、ヴァル!」
自分自身に《火炎弾》を掛けた。
アルトが放った魔法とヴァルが放った魔法を、その身に受ける直前で時空転移魔法を掛ける。黒球に包まれた僕の体は日本のボロアパートへと転移した。
うむ、完璧だ。あの瞬間に派手な爆炎が起きて、インプたちには魔神が木っ端みじんにやられたように見えただろう。
部屋の電気を点けた僕は、冷凍庫から挽いておいたコーヒー豆を取り出した。
蛇口を捻ってしばらく水を垂れ流しにしてから、やかんに溜めた水をコンロで火に掛ける。
沸いたらマグカップにろ紙を設置してドリップ、香りを味わいながらくたびれたソファに腰を掛けた僕は、淹れたてのコーヒーに口をつけた。これぞ至福の一杯だ。
「ふぅ……、一仕事終えた後の一杯は格別だぜ……」
何年も住んでいないのに電気もガスも水道も止められていないのは、支払いを口座引き落としにしてあるからだ。
僕の部屋はアルトに株で稼がせてもらった莫大な資金によって維持されている。もっと言うと前回こっちに戻ってきたときに、アパートごと買い取ってしまった。現在は他の部屋に誰も住んでいない。僕だけの城なのだ。
それから一時間ほど頃合いを見計らってから僕は再びフィルの森に戻ってきた。
リザは待ちくたびれて焚き火のそばで寝てしまっている。服がはだけて豊満な胸がこぼれ落ちそうになっているではないか、こりゃいかん。
まったくけしからん。そんな格好で寝ると風邪ひくぞ。真夏でもこの辺は冷えるんだからな。よし、今夜は人肌で温めてやるしかないな。やましい気持ちなど皆無だ。これは致し方ない緊急措置である。
ゴクリと喉を鳴らし、リザの服を脱がそうと手を伸ばしたところで夜空からふたつの光の球体が舞い降りてきた。
「ユウ!」
「ひゃるとッ!?」声がうわずってしまった。
感動の再会を自分で台無しにしてしまったが、そこは上手くスルーして僕はアルトと抱き合い抱擁する。といっても対格差があるから抱きしめることはできない。
「なに勝手に死んでるよ! このバカ! 生まれ変わってるならすぐに会いに来なさいよ! バカバカアホバカアホアホバカバホッ!!」
アルトは僕の顔をポカポカと殴打する。
「ごめん、キミをひとりにしてすまなかった。早くキミに会いに来たかったけど、前世の記憶を取り戻すのに時間が掛かったんだ」
彼女は涙を拭いながら首を振った。
「ううん、分かってる……カノンから聞いたよ、ユウも大変だったんだね。あたしはまたユウに会えたから、もうそれだけで幸せなの」
「アルト……」
僕は涙で濡れたアルトの頬に触れる。
「アルト、これからは僕と一緒に暮らそう。一緒にいよう」
アルトはすぐには答えず、いくらかの間をおいてから弱々しく首を振った。
「ごめんなさい、ユウ」
「……え? どうして!?」
「……嬉しいけど、わたしはもうインプの里の長なの……。だからユウとはもう一緒に旅することはできない」
「そんな……」
「里を離れないけど、会えない訳じゃない。こうやってユウが近くまで来てくれれば会うことはできる」
「そうか……、里の長になったのは僕のためだったんだろ……ごめん」
「あたしも守りたかったから、ユウとラウラが守ろうとしたものを……」
「アルト、目を閉じて」
僕がそう告げるとアルトは一欠けらの迷いもなく瞳を閉じた。
時空転移魔法で僕とアルトはボロアパートに移動する。僕の目の前には人間の姿になった可憐な少女がいた。やっぱりこっちの世界でも少し大人になっている。
「眼を開けていいよ」
アルトは目を開いた。涙で濡れた瞳が月明かりを反射して、僕の姿を映す。
「ユウ、会いたかった! もう会えないと思っていた!」
泣きじゃくる彼女を強く抱きしめた僕は、彼女と唇を重ねた。
「後はカインにいるラウラの記憶を戻すだけだ」
「ラウラ?」
「ああ、ラウラの転生体がカインにいるんだ。彼女の今の名前はレイラっていうんだけど……、どうしたんだ、アルト?」
困ったように彼女は眉毛を八の字にしている。
「何言ってるのよ、ユウ……。ラウラなら森で寝ていたじゃない?」
「へ?」
ここで第二十一章はおしまいです。
物語が大きく動き出す第二十二章【勇者という名の光】の更新にあっては、一週間後を予定しておりますが今回は少し遅れるかもしれません。
また拙作をどなたかにオススメしていただけますと光栄です。
よろしくお願いします。




