第182話 原剣
そこはどこまでも続く白亜の世界だった。
白一色、それ以外は何もない。空も大地も白く、壁はなく、音もなく、僕ら以外に誰も存在しない。
「ここは俺の結界の中じゃ。誰にも邪魔されずにタイマンするためだけのバトルフィールドって訳がっ!」
誇らしげに笑うアルスから視線を切って僕は周囲を見回した。一色で染まるその世界に思わず息を呑み、見惚れてしまう。
「へぇ……、この結界魔法はキミが創ったのか?」
「あん? ああ、それがどがした?」
「すごいな、発想次第でこんな魔法も創れるのか」
アルスは事もなげに言うが、亜空間を生み出す魔法なんて僕の知る限り、ヴァルの【魔境】しかない。
目的は違うけど、アルスは正に願望だけで枷を外して具現化させたのだ。それに彼はファイターのはずだ。魔法はオマケ程度としか考えていない。もしも魔導士だったらと考えると末恐ろしい。
「ずいぶんと余裕じゃねが。ここから出るには俺を殺すしかねっぞ。そんでもって俺もおめぇを殺さねえ限りここからは出られねぇ! つまりッ! ここはどちらかが死ぬしかねえどえれぇデスマッチやが!!」
「安心したよ。これでもうリザの目を気にする必要はなくなったって訳だ。彼女の前で彼女の知り合いを斬るのは忍びないからね」
「人族のおめぇが俺に勝てるとでも本気で思ってるが? 面白れぇヤツだ! この白い世界をおめぇの血で染めてやるが!」
アルスの宣言を合図に僕はエウロスを抜いて駆け出した。加護によるブーストを受けて体がさらに加速する。対するアルスは半身になって構えた。真正面から迎え撃つ気だ。揺るぎない自信がオーラのように漲っている。
さっき僕をぶっ飛ばしたことによって彼の中で生まれた慢心と油断を、遠慮なく利用させてもらうぞ。
一気に距離を詰めて剣を振り下ろす。アルスは避けない。エウロスの刃とアルスの腕が衝突した。
原剣には精霊との親和度によって攻撃力が変化するという性質の他に、それぞれが持つ固有特性がある。
エウロスの特性は、対象物を挟むように真逆からも斬撃が発生するというものだ。
鋏のように、対極の位置から同時に加わる斬撃によって、あらゆる物を切断する。
原剣同士や魔剣クラスなら弾かれることもあるが、並の武器なら間違いなく、へし折れる。
そして、直接肉体に斬撃を与えたときの効果は絶大だ。たとえ鍛え抜かれた鋼の肉体を持っていたとしても、アダマンタイト級の硬度を誇っていても、エウロスを受けて無傷では済まない。
故に、エウロスの一撃は素手で闘うファイターにとって脅威となる。
「ぐあっ!?」
ぼとり、とアルスの両腕が白い地面に落ちた。
「ぐぁぁあああああッ!」
切断面から鮮血が吹き出して周囲を紅く染める。ただの一撃で最強生物であるドラゴンの腕を切り落とす。
初めて使ったが、これが原剣の力なのか。もっとも、精霊との親和度が低ければただの鈍らになる、それが原剣だ。
「くそがぁぁぁあッ!!」
アルスは咆哮を上げた。切り落とされた腕の傷口から新たな腕が生えて元に戻る。
嘘だろ、そんなこともできるのかよ……。脅威の再生能力だな。
たぶん竜族ってのはこれが普通で、出来て当たり前の芸当なのだろう。
彼らは謎のベールに包まれているため、その暮らしや生態系など詳しく書かれた文献がない。この結界魔法にしろ再生能力にしろ、他にも未知の技がありそうだ。
「まだやるか?」
「当たり前だが! これからが本場だ!」
今度はアルスが一直線に突っ込んできた。
僕は攻撃を見切って打撃を躱す。最初はスピードの緩急に翻弄されたが、慣れてしまえば躱せないことはない。ただ、まともに入れば大ダメージを受けてしまう。
僕の反撃はアルスの拳によって弾かれてしまう。エウロスの斬撃を受けたにも関わらず、アルスの拳は軽い裂傷で済んでいる。
おそらくこれはナイトハルト流闘術《堅牢要塞》と同様の肉体強化による防御に違いない。
次の攻撃に移る僅かな間隙を突かれて、アルスの蹴りが左肩に被弾した。肩の骨と左鎖骨が砕けて左腕がだらりと垂れ下がる。
すぐさま治療したいところだが、アルスはそんな暇を与えてくれない。
ここが正念場と連続攻撃を仕掛けてきた。僕は片腕が使えないまま防御に徹する。二刀でなければアルスの打撃に手数で劣る。
このままではジリ貧だ。片腕で必殺の一撃を繰り出すしかない。ナイトハルト流の強みは片腕でも両手と同じように剣が扱えることだ。
後ろに跳んで距離を取り、片手でエウロスを構えて僕は叫ぶ。
「来い、勝負だ!」
グランジスタ直伝【脳筋タイプとの闘い方】その2、こう言えばアルスは間違いないなく誘いに乗ってくる。
アルスの拳にエネルギーが集中していく。繰り出されるのは必殺の一撃、まともにくらえばガードごと僕の体をいとも簡単に貫くだろう。
次の一撃にすべてを掛けるのはこちらも同じ。相手よりも早く放ち、速く到達する最強の先の先を極めた一撃。小さい頃に見様見真似で何度か練習しただけだが、今の僕ならできる!!
――技を借りるぞ、フランク。
アークライト流剣術《紫電一閃》
稲妻のような一閃がアルスの左肩から右脇腹までを切り裂いた。鮮血が胸部と背部から同時に迸り、大の字になって倒れていく。
「止めを刺せ……」仰向けのアルスは言った。
おびただしい血液が白亜の床を染めていく。
「さっきも言っただろ? 殺したくないって」
「ふざけるな! 情けなどいらんがッ!」
アルスは怒りの形相で僕を睨みつけた。
「勘違いするな、情けをかけても手加減してもいない。僕は実際にキミを殺すつもりで斬ったんだ。でもキミは死ななかった。僕にとっては運よく殺さずに済んだんだから、わざわざ止めなんて刺したくない」
「俺に生き恥を掻かせるな! 殺せや!!」
僕はアルスの前でしゃがみ込んだ。
「あのなぁ、敗者に選択する権利なんてないんだよ? 勝者の言われるがまま成すがまま、それが敗者のあるべき姿なんじゃないのかい? キミは僕に負けたんだから、もっと敗者らしく振る舞えよ」
「ぐぅっ!」
僕は彼の胸の傷に触れた。
「この傷は深い。僕の加護では止血しかできない。でも、キミならあの再生能力でそのうち回復するんだろ? 怪我を治して出直してこい……いや、今のはウソ、冗談だ。出直してくるな。楽しかったけど、キミとはもう戦いたくない。キミは僕への敗北感を抱いたまま生き続けろ、それが勝者から敗者への条件とする」
「……ふん、おめぇは肝心なことを忘れているが。俺を殺さんとここからは出られんことをよ」
「本当に解除する方法はないのか?」
アルスは顔をそらした。
「もう一度言おうか、敗者には――」
僕が言い終える前に彼は、「ない。どちらかが死ぬしかない」と答えた。
「わかったよ。なら、しょうがない」
僕は嘆息する。彼の腕を引っ張り起き上がらせ、胡座をかいて座る彼の首をエウロスで跳ね飛ばした。




