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【115万PV超】異端者アルデラの魔導書《grimoire》  作者: unnamed fighter
【第二十一章】妖精の女王

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第181話  新手

「行こう、リザ」

「うむ! 行くのじゃ! 目指すは……えーと、えーと……」

「フィルの森な」


「目指すはフィルノモリナじゃ!」


 フィルノモリナ、それは新しい地名が誕生した瞬間であった。

 

 僕とリザは馬にまたがりり、クリーゼさんの家を後にする。魔人の男は姿が見えなくなるまで僕らを見送っていた。

 あの男の態度が一過性のものか、それとも本当に改心したのか、正直なところ僕には判らない。しかし、再びこの地を訪れたときに彼が同じことを繰り返しているのであれば、もう容赦するつもりはない。


 願うならば誰もが幸せである、そんな世界であってほしい――、なんてことは絵空事に過ぎない。それでも誰かが願わなければ、理想は理想のままだ。


  

 緩やかな山道から尾根道に向かって進む。

 静かだ。がなり立てる蝉すら静寂を構成する一部のように思えてくる。


 さっきまで毛羽立っていた心が安らいでいく。


 後ろに座るリザが、僕の背中にもたれ掛かってきた。頬を当て、腰に回された腕にきゅっと力が入る。真夏でも日が傾いてくれば山道は冷え込む。互いの体温を感じながら僕らは先を急ぐ。


 なぜ彼女がこれほどまでに僕のことを想ってくれるのか疑問だった。

 この旅に同行しているのは、ただ国に帰りたくないための方便だと思っていた。だけど、それは勘違いだということに気付いた。


 どうやら彼女は本当に僕を運命の相手だと思っているようだ。それは僕に対する全幅の信頼からも感じられる。何があったも彼女は僕を信じて肯定してくれる、それは単に僕の思い込みや自惚れではない。


 僕だって彼女に対して思うところがない訳ではないのだ。

 愛らしい異性に思いを寄せられて嫌な気分になるはずがない、恒竜族だということを含めても。

 もはや誤魔化すことはできない。僕はこの旅が終わっても彼女と一緒にいたいと思っている。


 ただ、これ以上ステディを増やしてもいいのかという後ろめたさもある。ああ、なんと贅沢な悩みだろうか。


 ま、そのうちはっきりさせればいいかな……。


 

 予定どおり日が暮れる前に川を渡って渓谷を抜けた。またしばらく山道を進んでいくと大地が開け、その先にフィルの森が見えてきた。あの森の中央に湖がある。


 激しい空気振動を感じ取った瞬間、突然の耳をつんざく爆音に僕は振り返った。火柱が上がっている。すこし前まで僕らがいたクリーゼさんの家の方からだ。

 火柱が消えて立ち昇った煙の中から何かが飛び上がるのが見えた。

 

「主よ! 追手じゃ!」


 形は人、しかしその背には紅蓮の翼、一直線にこちらに向かってくる、恒竜族だ。


「来たか……。リザ、さっきのヤツらと違って今度は手加減できないぞ」


 間違いなく、前回よりもっと強いヤツを差し向けてきたはずだ。


「う、うむ……」


 リザは複雑な顔をしている。彼女としてはなるべく穏便にすませたいはずだ。

 ドラゴンの翼を大きく羽ばたかせ、一人の竜人が降り立った。


「ああ? まだクソガキじゃねぇが」

 低い声で竜人の男は言った。


 容姿は人でいえば二十代そこそこ、なかなかの男前だ。僕ほどではないけどね。


「お前、魔人を見逃したな? あんな奴らに情けを掛けるとはぬる過ぎて笑っちまうが」


「アルス……」リザは言った。


 男は僕から視線を切ってリザを睨む。


「リザよ、そん頭はなんじゃ!? 角はどうしたんじゃ!」


「切り落とした」

 

 彼女の答えに男は目をいた。


「竜族の証であり誇りでもある角を切り落としたじゃと!? おめぇどえれぇことしくさりやがったな!」


「どうせまた生えてくるのじゃ、誇りもなにもあるまい」


「そういう問題じゃねえが! もうええ、今すぐ俺とけぇるぞ」

「嫌じゃ! 妾は帰らぬ!」


「今なら恒竜王も大目にみてくれる。なにより、おめぇには俺の子を産むと言う大事な役目があるが」


「嫌じゃ、妾はしきたりなどには従わぬ!」

「いい加減にしくされや!!」


 声を荒げて男は足を踏み出した。

 僕は男の進路に立ち塞がってリザを守る。アルスという名の竜人が激しく顔を歪めて僕を睨みつけた。


「下等種のクソが……。よう分からんが、おめぇを殺せばリザは戻ってくるがっつーことじゃな」


「主よ、これは妾の戦いじゃ! 主が戦うことはない! 妾に任せよ!」


 リザは僕の腕を掴んだ。僕はアルスから視線を外さずに首を振る。


「いや、僕もあいつと戦う理由ができたんだ」


「主よ……その理由とは、なんじゃ……」


「嫌がっている女の子を無理やり連れて行こうなんて見過ごす訳にはいかない。そしてクリーゼさんの家を燃やしたあいつを叩きのめさないと僕の気が済まない」


「……それだけなのかや?」

 不安げな声で、背中越しにリザが問う。


 ああ、そうさ。それだけじゃない。それだけの訳がない! ここで応えなければいつ応えるというのだ! 都合良く〝そのうち〟が来るなんて限らない!


「僕はキミとずっと一緒にいる、なぜならそれが僕らの運命だから!」


「ああ……主よ。妾は……妾は……」

 リザは声を震わせた。僕の腕を離すまいと掴んでいた手から静かに力が抜けていき、なぞるように袖口から指が離れていく。


「ぬかせ下等種がぁッ!」


 翼を羽ばたかせてアルスが突っ込んできた。僕はゼファーソードを抜いて迎え撃つ。

 序盤はリザと同じ戦い方に持ち込む。相手の攻撃をすべて受け流して、ドラゴンブレスのタイミングを見定める。

 リザよりも展開は早かった。攻撃が思うように当たらずアルスは大きく息を吸い込む。


 ――狙い通り!!


 吸気と同時に加護でアルスを覆う空気を薄くする。だが、アルスはお構いなしにドラゴンブレスを噴いた。咄嗟に旋風を起こして灼熱の炎を巻き上げて回避、右前腕に軽い火傷を負っただけで済んだ。


 お構いなしか……。こいつは高地トレーニングでもしているのか? 多少の低酸素では効果がない。今の僕にはあれ以上、空気を薄めることはできない。ここからは力と力、技と技の正面勝負だ。

 

 久しぶりだなこの感じ――、なんだか楽しいと思っている自分がいた。自然と口の端が上げる。


「なに笑っている……、気持ち悪い野郎だが!」

「はっ! あんたも鏡を見てみるんだな!」


 刃と拳がぶつかり合う。

 アルスの打撃をいなしていたときから分かっていた。やはり攻撃力はリザ以上、スピードもどんどんギアが上がって速くなっていく。こいつは間違いなく強い。


「おめぇ、まだ本気じゃねぇが?」


「まあね」

「ムカつくクソ野郎だが……、そっちの剣も抜きな」


 確かにアルスは原剣エウロスを抜くに値する相手だ。しかし――、


「できれば殺したくない」

「ほざけやッ!」


 アルスの体が変貌していく。

 皮膚は紅蓮の鱗に覆われ、ドラゴンの翼と尻尾はさらに巨大化し、鰐のように突き出た口から鋭い牙が伸びる。さっきまでの人型よりもさらに竜に近い。まさしく竜人ドラゴニュートだ。


「真の竜族はな、本来の姿よりこっちの方がツエーんだがッ!」


 アルスの姿がブレたと思った瞬間、竜人の拳がみぞおちにめり込んでいた。


「げはっ!?」


 吹き飛ばされた体が竹林をなぎ倒していく。足が接地すると同時に態勢を整える。拳が当たる寸前に《堅牢要塞》で腹部を防御してなければ穴が開いていた。それでも体内に残る深いダメージ、内蔵がやられている。


 目で追えなかった、これが恒竜族の実力!! 相手を舐めていたのは僕の方だ! 


 アルスは目の前にまで迫っていた。追撃を体を捻って紙一重で躱す。


「アルス!」


 リザが声をあげて翼を広げたそのとき、アルスは祈るように両手を合わせた。魔力が発露している。なんらかの魔法が来る。


「邪魔をするな!」


 アルスの口が《亜空結界魔法パーフェクト・ホライゾン》と唱えた瞬間、視界が眩い光に覆われて景色が消失していく。


「……ここは?」


 そこは白亜の世界だった。

 



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