第179話 墓前
ここは荒くれ者が集うアイザムの冒険者ギルド――、カウンターの内側に立つNEW受付ちゃんは、ニコニコしながらも僕のことを訝っていた。
理由は簡単、昨日まで身分証明書の存在を知らなかったクセに、翌日にはちゃっかり用意してきたからだ。
しかもまるで今朝発行されたばかりではないかと思えるほど、僕の母子手帳はツヤツヤだ。いやぁ、世の中には不思議なこともあるんだなぁ(棒)。
のらりくらりとなかなか手続きを進めてくれないNEW受付ちゃんに、「これは教会が発行した母子手帳ですよ。あなたは教会を疑うのですか?」とたずねると、「めっそうもございません!」と彼女は声をうわずらせ、やっとこさ手続きに移る。
パーティ名はもちろん《極刀》、リーダーはテッド・ワイズ、そしてリザをローラで登録する。
すると、ニュービーをからかってやろうと近くで聞き耳を立てていた冒険者が、「極刀のテッドとローラだと!?」とバカでかい声で騒ぎ出したのをきっかけにギルドはざわめいた。
かつて《極刀》を名乗るのは、三英雄の威光にあやかりたいヌケサクしかいないと言われていた。しかし現在、この街で《極刀》といえば、リタニアス戦役で武功を上げて短期間でミスリルまで駆け上り、そして街を守るためにたったふたりでゾディアックに挑んだパーティの方だ。
ミレアから聞いた話によれば、敗れはしたものの魔王軍に立ち向かった《極刀》はアイザムでは英雄として扱われているそうだ。そんな彼らの名を名乗るなど不敬に値する。しかしそれ以前に全滅したパーティの名前を名乗るなんて、縁起が悪いため通常では絶対にしない。
こんな若造が《極刀》を名乗るなんてどうかしてるぜと誰も彼も怒りや妬みを通り越して、もはや呆れている。
彼らの視線を背中に受けながら無事に冒険者登録を済ませた僕は、アルトに会いに行く道中でこなせるクエストを選択した。
それがアイザム北部に隠れ潜んでいる魔人の討伐である。
難易度はBプラス(推奨ランク・ゴールド以上)、討伐した証拠として魔人の角を持ち帰ること。報酬は持ち帰った角の数に比例して加算されていく仕組みだ。
このクエストの依頼主は個人ではなくアイザムの周辺国である。
近頃、ラスゴ渓谷付近では魔人による人攫い事件が頻発しているらしい。この手の依頼は魔王軍が転移魔法で攻めてくるようになってから絶えることがないとNEW受付ちゃんから教えてもらった。
厄介な残党処理を各国が共同出資して冒険者にさせようとする魂胆だ。
ギルドから馬を借りてアイザムを出た僕らは、アルトと出会った森を目指す。
あのときは知らなかったけど、調べたところあの森の名はフィルの森と言って、アルトに幻惑魔法を掛けられて昏睡した湖の名はそのままフィル湖というそうだ。
そして、その前に僕はどうしても立ち寄っておきたい場所が一か所あった。
それはもちろん、クリーゼさんの家である。
お墓参りを兼ねて僕は、彼の息子とその孫娘に出会ったこと、ジーナたちの現状について報告を済ませておきたい。
◇◇◇
いくつかの集落を経由しながら進み、五日掛けて目的地へと到着した。
僕らを乗せたお馬さんは、ラスゴ渓谷を迂回するように続く山道を外れて脇道に入っていく。
太陽の日差しは強いけど、ここまで来ると空気は涼しくなってくる。
見えてきたのは、小さな家とレンガ造りの作業場から伸びる煙突だ。全体的に蔦が巻き付いているけど、ほとんど当時のままだ。
この近くをデリアル・ジェミニ率いる別動隊が通過していったはずだ。けど、ここは人里離れた目立たない場所にあるから被害を受けなかったのだろう。
馬から降りて、懐かしのクリーゼ家に近づいていた僕は足を止めた。
「ん?」
家の中から生き物の気配がする。
クリーゼさんの家の中に誰かいるようだが、この気配は人とは違う。獣とも違う。
さらに家に近づくとゲラゲラと笑い声が聞こえてきた。
気配を悟られないように窓から中を覗く。そこには二人の男の姿があった。
姿形は僕らとさほど変わらない。特徴的なのは鬼のように額から伸びた角――。
魔人族の男たちがテーブルで酒を煽っている。ここから見える限り数は二人、部屋の中は荒れ放題だ。至る所に酒瓶が転がっている。
一端窓から離れた僕は他に仲間がいないか家の周囲をぐるりと一周する。裏の工房にも気配はない。
どうやら中にいるふたりだけのようだ。
ただ、僕が作ったクリーゼさんのお墓が無残に破壊されていた。
それを目にした僕は、自分でもよく抑えることができたと思うくらいにキレていた。誰が壊したのか、中にいるヤツらに問いただす必要がある。
怒りを留めたまま僕は玄関ドアを開け放つ。一斉に魔人たちの視線が僕に集まる。
「ああ? 珍しいな、こんなところに人族が来るなんてよ。今夜のおかずは久しぶりの人肉だぜ」
「おいおいおい、見て見ろよ! 女もいるぜ!? へへっ、ラッキー」
魔人はじゅるりと舌なめずりした。
酒に酔ってか、ただのマヌケなのか分からないが、恒竜族の気配に気付いていない。
「魔王軍の脱走兵か……」
こいつらはリザードマン同様に軍から逃げてきた者、もしくは生き残った者たちだろう。
「……なんだてめぇ?」
魔人たちの雰囲気が一変した。あからさまに態度が豹変しても構わずに僕は、彼らに問う。
「裏のお墓を壊したのはお前らか?」
「墓? 墓なんてあったか?」
「あん? 裏にあった石を重ねただけのチンケなオブジェのことだろ?」
「はあ? ありゃ墓だったのか? 俺はてっきり便所だと思ってしょんべん掛けちまったぜ、わりぃわりぃ。そういえば、しょんべんが跳ね返ってきてムカついたから壊しちまったんだった――」
そう告げた男の喉に背後から剣を突き刺していた。
「へらへら笑ってんじゃねぇぞ……」
「がっ……ッ!?」
喉を刺された魔人の男も、もうひとりの魔人も何が起こったか分からないまま固まっている。
「この剣を抜くとお前の血が噴き出す。僕はこの家を汚したくない……、そっちのお前、部屋を片付けてくれないか?」
「人族風情がッ! ぶっ殺してや――」
言い終える前にリザが男の首をへし折っていた。
「主よ、こうすれば血は出んのじゃ」
喉に剣を突き刺された男は、声にならない掠れた悲鳴をあげる。
「他に仲間は?」僕は聞いた。
「……か、けっ……が……」男は要領の得ない言葉を発している。
「首を振って答えろ。イエスなら縦、ノーなら横に振れ」
このとき、僕はプッツンを通り越して男の答えがイエスでもノーでも首をハネてやろうと思っていたんだ。
そんな最中、クリーゼさんだったらどうするだろうと、僕の頭に彼の厳しい顔がよぎり、自然と心は落ち着きを取り戻していた。




