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【115万PV超】異端者アルデラの魔導書《grimoire》  作者: unnamed fighter
【第二十章】亡国の姫

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第176話 グリモワール

 それから僕はバベルの門の地下室に籠ってアルデラの魔導書を読みふけっている。

 集中し過ぎて気付いたときには夜になっていた。

 

 ここに保管されるアルデラの魔導書は全部で十三巻。

 結論から言うと、転生した後に前世の記憶を取り戻す方法はどこにも記されていなかった。

 

 アルデラの転生魔法は、前世の記憶を保持した状態で生まれ変わる術だ。引き継ぐ方法であって、呼び戻す方法ではない。


 なぜ僕らは記憶の引き継ぎに失敗したのか。

 ヴァルは言っていた。急に呼び出されて使った魔法だから指定できた因果が限られていたと。

 

 仮にヴァルと契約したタイミングが万全だったら成功していたのか。

 おそらくだけど、そうとは言い切れない。

 転生魔法で重要なのは前世の記憶を魂に刻む【烙印】であるとアルデラは結論付けている。


【烙印】を刻む最も有効的な方法は心身への高負荷。


 僕らが不完全な状態で転生したのは【烙印】が弱かったからなのだろうか……。


 いや……、あのときの痛み、苦しさ、悔しさ、無力さ、切なさ、やるせなさ、それらは魂にしっかりと刻まれている。きっとラウラも同じはずだ。


 十二年の歳月を経てからでも僕は記憶を取り戻すことができたのだ。レイラの中で眠るラウラの記憶だって呼び戻す方法はある。

 それにはトリガーが必要だ。ラウラのトリガーを見つけるしかない。


「どうでしたか?」


 階段を降りてきたミレアの手にはトレーがあり、トレーの上にはふたつのカップとポットが置いてあった。

 彼女はお茶を淹れてきてくれたようだ。


 僕は首を振る。


「いや……ダメだった。ここにある魔導書には、前世の記憶を呼び戻す方法は記されていない」


「……そうですか」


 トレーをテーブルに置いてミレアは椅子に座った。


「リザは?」

「ユウさんのお手伝いをすると言ってソファーで他の禁書を眺めていましたが、そのまま寝てしまいました」


「そうか」


 僕がくすりと笑うとミレアも微笑を浮かべた。


「安心しました。彼女の存在が今のユウさんを支えてくれているようですね」


 ミレアはカップにお茶を注ぐ。


「うん……そうだね。リザには何度も助けられた」


「ホントのところ、おふたりはどういう関係なんですか?」


「さっきも言ったとおり、旅の道中で知り合っただけだよ。暴漢に襲われていたところを助けたんだ」


「本当にそれだけですか?」


「男女の関係だとでも?」


「……確かにユウさんにはラウラさんという恋人がいました。だけど、今は今で恋人を作ってもいいのではないでしょうか? きっとラウラさんも許してくれると思いますよ」


 浮気を薦めるなんてシスターとは思えない発言だ。

 いや、彼女は昔からそうだった。常識では推し量れない部分がある。きっと失意の僕を想ってくれての発言なのだろう。


「ありがとうミレア、僕のことを考えてくれて……」


 実はロイには婚約者が三人もいる、なんて言える流れではない。黙っておこう。沈黙は金である。


「ユウさんに渡したい物があります」


 そう言ってミレアは立ち上がった。書棚の下にある引き出しを開ける。


「本音を言ってしまえば、これを渡せるなんて夢にも思っていませんでした……。だって私は、ユウさんたち《極刀》の亡骸が発見されたと聞いた後、急いでアイザムの守備隊と一緒にカティナの丘に向かい、そこでお二人の死亡を確認したのですから……」


 僕に背中を向けたままミレアは続ける。


「ひどい状態でした。ラウラさんは首の骨が折られて、ユウさんの体には大きな穴が開いていました。それでもお二人は、寄り添うように互いを手を重ねて倒れていました……」


 彼女の声は震えていた。

 踵を返して、引き出しから取り出した〝それ〟をテーブルに置いた。


「ラウラさんの遺体のそばに落ちていました」

「これは……でも、確か粉々になったはず……」


「はい、ラウラさんが顔に付けていた仮面です」


 三英雄《極刀》オミ・ミズチの意識が宿った仮面、アルデラに砕かれたはずなのに、接着剤のようなものでくっ付けられている。


「キミが治してくれたのか?」


うるしでくっ付けただけなのです……。私にはこれくらいしかできませんでした……。もしかしたらこれがラウラさんの記憶を呼び戻すきっかけになるかもしれません」


 僕は仮面を手に取った。

 接着された部分を指でなぞる。細かい部分も欠片を集めて丁寧に繋ぎ止められている。

 これだけの欠片を集めて、修復するのは大変な時間と労力が必要だったはずだ。

 仮面を持つ僕の手は震えていた。


「ありがとう、ミレア……。キミは……、キミが友人で僕はどれだけ救われたことか……」


 彼女の優しさが嬉しくて涙が零れ落ちた。


「その、お願いがひとつあります。この雰囲気では少し言いづらいのですが……」


「なに?」僕は涙を拭う。


「その……、読めなかったページを書き写してもらえないでしょうか?」


 それを聞いて思わず吹き出してしまった。

 こういうところもミレアだ。やっぱり変わっていない。安心した。


「ああ、お安い御用さ。実はキミがそう言うと思ってちゃんと書き写してあるよ」


「ありがとうなのですユウさん!」


 ミレアの顔がパッと明るくなる。飛び跳ねるようにオ○パイを揺らして彼女は抱きついてきた。

 うーん、柔らかい。殺人的な柔らかさだ。歳を重ねてさらに熟成したとみえる。

 役得だな、今は余計なことを考えずにこの感触を味わっておこう。

 

「……あ、そうだ。実はアルデラの魔導書の中に気になる魔法がひとつあったんだ」


「私にはどれも興味深いですよ」


「そうなんだけど、これだけ異質というか用途が明記されていないんだよ」


 ごそごそとテーブルに山踏みになった本の中から一冊の魔導書を取り出す。


「この巻の最後のページなんだけどさ」


 指をさした僕にミレアは苦笑した。


「私には読めないのです」


「ああ、そうか。えっと……、『原初魔法《魔導大全グリモワール》によって物語は結末を迎える』とだけ書かれているんだ……。なんのことか分かるかい?」


「うーん、アルデラの弟子だったユウさんが分からないなら、私には見当も付かないのです」


 弟子だったのは正確にはユーリッドだけど、まあいいか。


「ヴァルは分かるか?」


『呪文も魔法陣もないのであれば分からぬ』


 あ、そっすか。


『しかし、原初にして大全とはまた珍妙な名前を付けたものだ』


 魔神の声が地下室に木霊した。

 


 そして僕はそう遠くない未来、この原初魔法《魔導大全グリモワール》の真意とアルデラの目的を知ることになるのだった。




 第二十章【亡国の姫】はここではおしまいです。楽しんでいただけましたでしょうか。

 次回、第二十一章【妖精の女王】は来週の更新を予定しています。

 また、拙作をどなたかにオススメしていただけますと幸いです。

 それではどうぞよろしくお願いします。

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