第174話 証明
「ミレア!」
僕はミレアに飛び掛かっていた。抱きついていた。抱きしめていた。勢い余って彼女のランドマークを揉みしだいていた。
「な、ななっ!? なんですか!? あなたは誰なのですか!? 変態さんなのですか!?」
バチンと子気味の良い音が青空に響く。
ビンタされてしまった。
「僕だよぼくぼくっ!!」自分の顔を指さしながらミレアに詰め寄る。
「ボクボクさんという知り合いはいません!」
「そうじゃない僕だ! ユウ・ゼングウだ!」
「……は?」
目を丸くしたミレアの視線が下から上へと動いていく。
明らかに容姿が違う僕を胡乱げに見ながら言った。
「なにを馬鹿なことを……。《極刀》のユウさんは死んでいます。ユウさんを語るのはやめてください」
「そう、僕は死んだ。カティアの丘でゾディアックに殺されたんだ」
「そんなことは調べれば誰だって知ることができるのです」
「じゃあこれをどう説明する!」
ミレアの前に背負っていた木製ヘカートを突き出した。それでもミレアの表情は変わらない。不審者を牽制するような冷たい目のままだ。
「……確かにそれはユウさんが持っていたヘカートにそっくりな形をしています。私も思わず声を掛けてしまいましたが、冷静に考えてみればこの街の冒険者なら決して珍しい物ではありません」
「よく見てくれ、ディテールにこだわったこの作りを! 本人しか知り得ない部分がたくさんある! こいつは前世の僕を知る人たちが気付いてくれるように目印として作ったんだ。現にキミはヘカートを見つけて声を掛けてきたじゃないか!」
「それは……そうですけど、はっきり言って信じられません……。だって、あなたは顔も年齢もユウさんとはかけ離れています」
ミレアは目を細めた。疑いの眼差しで僕の顔を覗き込む。
「信じてくれ! このとおりだ!」
手を合わせて頭を下げた僕の眼の前にはミレアのランドマークがそびえていた。
「頼むよミレア!」
「胸に訴えかけるのはやめてください!」
「いや、僕はおっぱいに話しかけただけだし」
「もっと失礼なのです!」
はっと彼女は目を見開く。
「こ、このやりとりは……」
「思い出してくれたか?」
「ほ、本当にユウさんなのですね……」
僕は首を大きく縦に振って頷いた。
「でも姿形が……。もしかして、いえ、そんなバカな……あ、あなたはユウさんの生まれ変わりだとでも? それはつまり前世の記憶が……ま、まさか!?」
解を得たミレアの瞳がきらりと光る。
「そう、アルデラの魔導書に記されていた転生魔法だよ」
「す、すごいです! ゾディアックに殺されたときに転生魔法を使ったのですね!?」
「そのとおりだ。そして僕を殺したゾディアック、デリアル・ジェミニがアルデラの転生体だった」
「なっ……、本当なのですか!?」
「ああ、アルデラは魔人に転生していたんだ」
「人族から魔人に転生……、そんなことができるなんて……」
「アルデラはどこの誰に生まれ変わるか、そこまでコントロールできるのかもしれない」
ごくりと喉を鳴らしたミレアの視線が僕からそばにいるリザに移る。
「あの……、ところでさっきから気になっていたのですが……そちらの方は?」
むふんとリザは得意げに腰に手を当てて胸を張る。
「妾はこうりゅ――」
僕は咄嗟にリザの口を塞いだ。
さすがに五大竜族はまずいだろ……。
「旅の途中で知り合ったリザだよ。詳しいことは落ち着いた場所で説明したい」
「それならうちに行きましょう」
◇◇◇
枢機教会の施設、世界中から押収した異端グッズを収めるバベルの門へと移動した僕は、ミレアが淹れてくれたお茶を飲みながら、カティアの丘でアルデラに殺されてからロイとして生まれ変わり、グランジスタとの修行を経てペルギルス王国を旅立つまでのストーリーをミレアに語った。
レイラの件はひとまず置いておく。最初から現在までの経緯を話すには、さすがに情報が多すぎる。一端ここで止めておいた方がいいと僕は判断した。
彼女は興味深げに、そして真剣な眼差しで僕の話を聞いていた。
あれから十五年、本来ならミレアはとっくに別の施設に異動しているそうだ。しかし彼女はバベルの門に留まることを強く希望して残留させてもらっているとのこと。
そんな彼女も今や三十代、昔と違って現在の彼女は実に色っぽいじゃないか。童顔だけど大人の色気がむんむんだ。薄すぎず濃すぎず絶妙な色気、そして相変わらずのオツパイ様である。
「ユウさん、変なこと考えてます?」
「いや、ミレアはあの頃と変ってないなって思って」
ミレアは苦笑する。
「ユウさんこそ相変わらずですね、安心しました」
「話を戻すけどさ、そんなこんなで僕と一緒に転生したはずのラウラを探して旅をしていたって訳なんだよ」
「ラウラさん、見つかるといいですね…………え? 『旅をしていた』?」
「うん、見つかった」
「どこにいたんですか!?」
「…………」
「なぜ黙るのですか? あまり良い結果ではなかったのですか?」
視線をそらして僕は頭を掻く。
「いや、あっさり答えてしまうと今までの僕の苦労がたいしたことない風になっちゃう気がしてさ……」
「そんなつまらないこと意識しないで、さっさと教えてください!」
「結論から言うとレイラ・ゼタ・ローレンブルク、彼女がラウラの生まれ変わりだ」
「えッ!? レイラって新勇者の? すごいじゃないですか!?」
「けれど肝心な前世の記憶が戻らなかった……。確かに僕も最初から前世の記憶があった訳じゃなかった。前世の記憶を思い出したきっかけ、例えば思い出の品物とか、過去の記憶とリンクした状況とか、なんらかのトリガーが必要なんだと思う……。ミレア、キミは前世の記憶を取り戻す方法や魔法に心当たりはないかい?」
ミレアは首を横に振る。
「でも、ユウさんがアイザムに来た理由が解りました」
椅子から彼女は立ち上がった。
「行きましょう。アルデラの魔導書を隠してある地下室へ」




