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【115万PV超】異端者アルデラの魔導書《grimoire》  作者: unnamed fighter
【第二十章】亡国の姫

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第170話 レイラ

 僕らが向かう先には、聖都の兵士たちが集結し始めていた。


「ずいぶん騒がしくなったの。さて、攻めてきたのは何者じゃ」

「リザ、まさか恒竜族ってことはないよな?」


 それはないとリザは断言する。


「それならとっくに空から攻め込んでおる」

 

 前を向いたままリザは得意げに答えた。

 確かにその通りだ。竜族なら今頃カインの空は竜の大軍で埋め尽くされている。


「ってことは魔王軍の転移魔法に間違いない」


 僕は城壁の上には向かわず、検問所の衛士詰所に駆け込んだ。詰所の中では衛士たちが慌ただしく動き回っている。


「さっき検問を受けたロイ・ナイトハルトだ! いますぐ預けた剣を出していただきたい!」


「聞こえなかったのか! 敵襲だ!」衛士の男は聖都兵の兜を被り、槍を手に取った。


「だから剣が必要なんだろ!」


「ここは最高神官様のおわす聖都カインだ、お前の力など必要ない!」


「あんたは帝国の話を聞いてないのか? 魔王軍二十万が攻めてきたんだぞ! 今回だって何があるか分からない!」


 決めかねる衛士に僕は畳み掛ける。


「早くしろ! 僕の名前を知らないのか! ロイ・ナイトハルトだ、あのユウ・ゼングウの友人だぞ! この街に隕石が落ちても知らないからな!」


 この脅し文句が効果てきめんだった。


「ぐっ……、そこで待っていろ」


 どうやら僕の名前もユウと一緒に広まっているようだ。




 衛士から剣を受け取った僕は、カインを囲む城壁に駆け上がる。すでに城壁の上には多くの衛士が集まっていた。

 彼らが見つめる方角に顔を向ける。


 黒い甲冑を纏った小隊規模の部隊が隊列を組んで向かってくる。やはり魔王軍の転移魔法だ。

 編成がはっきり視認できる距離まで迫っている。もう五百メートルを切っているだろう。

 

 こんなにカインのそばに転移してくるなんて偶然か、それとも魔王軍は転移魔法の精度を上げてきているのか、しかし――。


「まったく、また転移魔法かよ……。魔王軍のヤツら性懲りもなく来やがって」


 独り言を漏らした衛士に僕は聞き返す。


「またって?」


 なんだお前は、という怪訝な表情をした若い衛士だったが、「ここ数年の間、定期的に魔王軍の小隊規模部隊が転移魔法してきやがるんだ」と教えてくれた。


「定期的に?」


「ああ、だいたい四か月に一度といったところだな」


 四ヶ月に一回のペースとなれば、かなりの頻度といえる。しかし頻度は多くても百に満たないあれぽっちの人数でカインを落とせるはずがない。

 魔王が何を考えているのか分からないが、戦力の逐次投入は悪手である。あれじゃ特攻と変わらない。

 

 それにどうもおかしい。魔王軍の編成が腑に落ちない。

 オーガが二体とリザードマンが五十体、残りは寄せ集めたような魔獣の組み合わせ、魔人がひとりもいない。

 たとえ全滅したとしても魔人族にとって痛くも痒くもない。


 負けると分かっていてなぜ転移してくる。

 理由があるとすれば実験?

 定期的に決まった場所へ、決まった規模の部隊を転移させられるかどうか――。

 それとも定期的にカインに部隊を転移させることによって人族の注意を引き、本来の目的から逸らそうとしているのか――。


 ……さすがに考えすぎか。

 

「バカなヤツらだ。何度来ようと結果は同じなのにな」


「カインには名高い聖都騎士団がいますからね」


 衛士の若者は、ひどく顔を歪めてみせた。


「お前、この辺りの人間じゃないな」

「ええ、今日来たばかりです」


「奴らを何度も返り討ちにしてきたのはレイラ様だ」


「ああ、新しい勇者の」


「そうさ、レイラ様は十歳のときからお一人で戦い、奴らを殲滅してきたんだ。騎士団の出番なんてずっとない。きっとこの先も来ることはないだろう。そして俺たちも出番もな……」


「ひとり? いつもひとりで戦うのか? しかも十歳の頃からですか? 小隊っていっても百近くは毎回いるんでしょ?」


 あの編成なら僕ひとりでも相手はできるけど、十歳の頃の僕ではまず無理だ。それに戦力がいるに越したことはない。わざわざひとりで戦う理由とはなんだ?


 衛士たちから歓声が上がり、階段を歩いて壁の上へと昇ってくる一団が見えた。


 聖都騎士団ではない。

 金糸が編み込まれた肩章と白亜の隊服は、最高神官を守護する近衛隊だ。


 その先頭を歩くのは水色の髪の少女だった。

 年は僕と同じくらい、エルフのような尖った耳、顔立ちは凛々しく、歩く姿に隙がない。

 彼女が腰に携える剣は――、


「……日本刀?」


 そっくりというより完全に日本刀だ。おそらく東方伝来の武器なのだろう。


「レイラ様だ!」

「おお、レイラ様!」

「レイラ様!」


 人垣が左右に分かれていく。兵士たちはまだ戦いが終わってもいないのに歓喜の声を挙げていた。彼らは新勇者に絶大な信頼を寄せているようだ。


 レイラは真っ直ぐ僕の方へと歩いてきて目の前で止まった。

 じっと僕の顔を見つめる。


 こいつが新勇者の《炎帝》レイラ・ゼタ・ローレンブルク……。

 舐められないようにガツンと言ってやるつもりだったのに、曇のない瞳に見つめられてほうけてしまった。


 不思議なモノでも見るように彼女は少しだけ首をかしげる。


「そこをどいていただけますか?」


 戦場に似つかわしくない澄んだ声だった。

 そして落ち着き払っている。まるでそこは私の指定席だと言わんばかりの口調だ。


「え、あ、ああ……」


 言われるがまま、僕はスッと脇に寄って彼女に場所を譲った。


「そこは危ないからお前らはこっちだ」


 レイラの後方にいた壮年の騎士が僕とリザの腕を掴んで引っ張っていく。連れていかれたのは階段下の踊り場だった。

 いつの間にか他の兵士たちも同じように階段を降りた踊り場に退避している。


「彼女はなにをしようとしているんですか?」


「見ていれば分かる、頭を下げろ。魔導部隊! 魔法障壁を展開しろ!!」


 壮年の騎士の指示に後方に控えていた魔導士たちが魔法障壁を展開していく。


 魔法障壁? 物理防御じゃなくて、なぜ魔法防御を優先する必要がある。


 ふと、僕はレイラの足元に目を向けた。

 さっきまで僕が立っていた場所、彼女の足元の石材が黒く変色している。何度も焼かれたように煤けている。


「あの、本当に彼女ひとりで大丈夫なのですか?」


「うむ、我々がそばにいても姫様の邪魔になるだけだ」


 彼女を姫様と呼ぶこの男はローレンベルク国の家臣といったところか。


 まだレイラは動かない。左手を刀の柄に置いて敵部隊を見つめている。


 うーん、助太刀をすべきなのか迷うな。

 けれど、雰囲気からして下手に手を出さない方がいいのだろう。なにせ彼女は勇者でありギフテッドだという。しかもイザヤより強いらしい。

 彼女からみなぎる闘気と確固たる自信、周囲から伝わる揺るぎない信頼、単独でやっつけるに違いない。

 

 それでも、戦いに絶対はない――。


「リザ、もしものときは手伝ってくれるか?」

「もちろんじゃ」


 射程距離に入ったところで敵前衛のオーガが岩石を放った。放物線を描いて一直線に向かってくる。

 素晴らしいコントロールだ。このままだとレイラに直撃する。


 しかし彼女はまだ動かない。


 え? まだ動かないの? なんだかドキドキ冷や冷やしてきたぞ。だ、大丈夫だよな?


 そんな僕を尻目に兵士たちの誰も慌てていない。つまりこれは想定内ということだ。


 ぶ、ぶつかるッ!?


 思わず目を覆いたくなったそのとき、岩石が着弾する寸前で消失した。

 ジュッと音を立てて蒸発したのだ。


「え?」


 彼女の周囲の空間がゆらゆらと揺らめいている。

 まるで陽炎のように、焚き火のそばにいるみたいに熱く、僕の肌がジリジリと焼かれていく。

 彼女の体からオーラのように灼熱がほとばしっていた。


 さらに続くオーガの投石は、すべて彼女に届く前に昇華されていく。




土日はおやすみします。

新キャラ紹介はあります。


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