第168話 聖なる都
~前回のあらすじ~
ラウラを探す旅に出たロイは、なんやかんやで恒竜族の姫であるリザと一緒の旅をすることになった。
さらになんやかんやでクリーゼ・マルゲインの孫、ジーナ・マルゲインにヘカートを託してカインに向かうのであった――。
信者でなくても一度は訪れたいと思う街ランキング第1位(枢機教会広報部調べ)、その名は聖なる都カイン。
白亜の建造物が立ち並ぶ伝統と格式ある街並みは、西方三景にも選ばれている。
カインは枢機教会の開祖が誕生した地であり、ここが盤上世界の中心である――、教会の信徒たちは誰もがそう信じている。
世界の中心と言ってもカインはそれほど大きな都市ではない。カインの四方にある街の方がよっぽど大きいくらいだ。
ここに住む者のほとんどが神官と彼らの生活を支える使用人たちである。
住民として登録されている人口は千人程度。
しかしながら、街の中は一年を通して人で溢れている。世界中から巡礼に訪れる信者が絶えることがない。そのため、宿屋の数は西方大陸でも一二を争うと聞く。
城壁に囲まれたカインに入るには、これまでと同様に衛兵のボディチェックを受ける必要がある。聖なる区域であるが故にチェックは厳しくなるが、それはそれこれはこれ、金は天下の回り物、またまたワイロを握らせて回避することができる。
信仰心はどこへやら、といった感じだけど彼らにも生活がある。
実際のところ信仰心に厚いのは支配階級の貴族たちだ。平民はというと、なんかみんな信じているからオラも信じようかなくらいの軽い気持ちの者が多い。それも事実のひとつであり、意外と世界はなんとなく統治されているのだ。
んが、今回の衛兵はワイロを掴ませてもリザの素顔を見せろと要求してきた。仕方ないのでリザにお願いしてフードを取ってもらう。
彼女が素顔を晒すと衛兵は息を呑んで見惚れていた。
気持ちは分かる。
リザの容姿は正に人外の美しさだ。ずっと目を見つめられると魅了に掛けられたみたいに意識がぽーとしてくる。
無事に跳ね橋門を通過して一安心とはいかない。カインにはもうひとつ関所がある。
こっちはどうあってもワイロで回避できない。
それは武器の持ち込みだ。
皇族に王族、指定された騎士や衛士以外は聖都内での武器の携帯は許されていない。
入口で倉庫係の衛兵に預けなければならないのだ。
グランジスタの話では管理が杜撰で預けてそのままなくなったりすることが多々あるそうだ。
倉庫で行方不明になったり、違う冒険者に預けていた武器を渡してしまったり、酷いときは小遣い稼ぎで売ってしまう衛兵もいるのだとか。
だから、またまたワイロを握らせてちゃんと保管するように念を押しておく。
僕の剣は免許皆伝試練の後に、ダリアから譲り受けたゼファーソードとグランジスタから引き継いだ原剣エウロスだ。
どちらも超激レアな貴重品である。倉庫係の衛兵にワイロを渡す際に「無くしたらお前をぶち殺す」と脅しておいた。
「ふぅ、やっと中に入ることができた」
カインの検問所では信者たちの長い行列ができていたため、入るだけで二時間も掛かってしまった。
こんなに並んだのは某ランドに元カノ・浅間雪菜と来たとき以来だ。もっともパークの中では別行動だったけどね……。
自虐ネタにずーんと気分が沈んでいく。
「初めて来たときも思ったけど、相変わらず面白味のないところだな」
気持ちを切り替えて僕はぐるりとカインの街を見回した。
だだっ広い大通りを信者たちが同じ方向に歩いている。彼らが向かっているのはカインの中心にある枢機聖堂だ。
「うむ、人は多いのに静かな街じゃ」
「いちおう聖地だからね、騒いだりは厳禁なんだよ」
「あれはなんじゃ?」
リザは遠くにそびえるクリスマスツリーのような白亜の建物を指さした。
「あれが枢機教会の総本山、枢機聖堂だよ」
「面白い形なのじゃ!」
枢機聖堂の広大な敷地の中には歴代の最高神官と歴代の勇者が聖人として祀られている。
あの建物の中に雷帝ライディンの遺体も安置されているのだ。
じいちゃんにも生まれ変わった僕の顔を見せておこうな。もしかしたら驚いて生き返るかもしれない。
いや待て、ゾンビーは困る。ま、そのときはそのときだ。
「よし、観光がてら行ってみよう」
「妾たちも入れるのかや?」
「ああ、礼拝堂と墳墓は誰でも見学できるはずだ」
「ふむ、楽しみじゃ」
「恒竜族はなにかを信仰していたりするのか?」
「うむ、先祖の霊を祀っておるぞ」
僕らは信者たちの流れに乗って枢機聖堂へとやってきた。
円形の大広場の先に建つ巨大な建造物の門を潜ろうとした僕の右腕が後ろから引っ張られる。
「ん?」
後ろを振り返っても誰もいない。
おかしいな……。確かに引っ張られたんだけど……。
もう一度足を踏み出して進むが、やはり右腕が引っ張られる。
「んん?? ふん! あれ?」
やっぱり入れない。何度やっても腕が引っ張られてしまう。
まさか幽霊の仕業じゃないだろうな……。
「なにをしておるのじゃ?」
リザがパントマイムする僕を不思議そうに見つめた。
「いや……、あれ? ん? おかしいな……」
どうあっても右手だけ門を通過できない。
「早くこっちに来るのじゃ」とリザが僕の左手を引っ張った。
無理やり中に入れようと彼女が腰を屈めて両腕に力を込めた直後、ブチブチブチと肩と腕を繋ぐ筋肉の腱が切れていく。
「いたたたたたっ! 千切れる! 千切れる! 腕が千切れる!」
「うぬ? おかしいのぉ?」
リザはパッと手が離すと僕の身体は物理法則に従って門の外へと後退していった。
『結界だ』ヴァルは言った。
「結界だって?」
『これには我も驚いた。これは召喚陣の製作者を退けるために張られた結界である。なるほど、召喚陣を逆算して製作者の信号を書き写し、それを元に固有の結界を作ったとみえる。個人のみに限定した結界とは面白い』
「それってつまり……、どういうこと?」
『うむ、この結界を張った者は第一の脅威を召喚陣の製作者と考えたようだ。陣の改変や破壊ができぬよう製作者を排除するだけのために張ったのだ。おそらく、この術を生み出すのに長い年月と幾度もの試行錯誤を繰り返した末に完成させたのであろう……、素晴らしい』
「ってことは、この建物の中に召喚陣があるのか?」
『その通りだ。そしてこの結界を張っている陣も内部のどこかに存在する』
「なにをボソボソ話しておるのじゃ。妾にも教えぬか」
「あー……、つまりアレだ。会社を立ち上げたのに追い出された経営者みたいな感じですね」
リザの頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいた。




