第166話 ジーナの家
「キミの家族に会わせてくれないか? ヘカートのことも、僕とクリーゼさんの関係も全部話そう」
「わ、分かったッス……けど……」
「なにか問題があるのか?」
「いや、なんでもないッス」
僕とリザはジーナの後を付いて歩き、彼女の家にやってきた。
そこは街の中心部からほど近い集合住宅の一形態である長屋、言い方を変えればテラスハウスだった。
「ただいまッス!」とジーナは元気よくドアを開けた。その先に見えるリビングダイニングには誰もいない。
「こっちッス」
ジーナに案内されて寝室に移動する。ベッドの上には頬のコケた男が座っていた。ぼんやりとした虚ろな眼でうつむいている。
「父ちゃん、ただいま!」
ジーナの声に男の首がゆっくりと動く。
「ああ、おかえり……」彼女を認めて男は言った。
それから虚ろな眼が僕らの姿を捉える。男の眼には活力ない。右足の膝から下が欠損している。
「……そちらの方たちは?」
「父ちゃんに客ッス」
「俺に……客?」
「初めまして、ロイ・ナイトハルトと申します」
名前を告げると男の瞼がピクリと動く。虚ろな眼にいくらか光が宿った。
「ナイトハルト? ナイトハルトってグランジスタ・ナイトハルトのナイトハルトか?」
「はい、グランジスタは僕の叔父です」
無表情だった男は驚いたように、目を見開いた。
「グランジスタの甥? そんな方がこの俺になんの用でしょうか?」
「クリーゼ・マルゲインさんのことでお話があります。僕は彼にとても親切にしてもらったんです」
「……親父の? あなたはいったい……」
「話すと長くなります。お時間をいただけますか?」
「主よ、妾は外した方がいいかえ?」
「いや、リザも同席してくれ。これから一緒に旅をするんだ、キミにも聞いてほしい」
「わかったのじゃ」
リザは嬉しそうにはにかんだ。
僕はゆっくりと時間を掛けて話した。
自分には前世の記憶があり、かつて《白き死神》と呼ばれた冒険者だったこと。旅の途中で立ち往生して困っているところをクリーゼさんに助けてもらい、魔法結晶を集める代わりに武器を造ってもらったこと。それがジーナが持つヘカートであること。
ロイ・ナイトハルトとして生まれ変わった僕が二年前に前世の記憶を取り戻したことを説明した。
荒唐無稽な内容だ。すぐには信じられないだろう。初っ端の前世のくだりから既にジーナは面食らっていた。
しかし、父親の方は最後まで落ち着いていた。
「そうでしたか……。相変わらず親父は言葉足らずだな……俺が冒険者になりたいと言ったときも……ああ、そうだ……」
ぼーっと天井を見上げた彼は、ボソボソとうわ言を呟いている。
「それで、その……クリーゼさんなんですが……」
ここに来た目的、核心の部分を語ろうとしても彼に反応はない。虚ろな眼で一箇所を見つめている。それでも僕にはクリーゼさんの最後を彼に伝える義務がある。
ぐっと拳を握りしめた。
「あのー、ちょっといいスか?」
僕とリザはジーナに手を引っ張られて部屋を出る。
「その……話の流れからすると、じーちゃんは死んだんすね……」
「……ああ、異端者の疑いを掛けられていた僕を匿って、異端審問官に殺された……」
「そうだったんすか……」
「全部僕のせいだ」
ジーナは首を振った。
「それはきっと違うッスよ。少なともじーちゃんはそう思っていないはずっス。自分には分かるッス」彼女は眉を八の字にして微笑む。
「ジーナ……」
「じーちゃんは自分の信念を貫き通したんス、後悔なんてするはずないッスよ!」
彼女の言葉に僕は救われた気がした。目頭が熱くなるのを感じる。思わず溢れ出た涙を拭う。
「昔から父ちゃんはじーちゃんの悪口ばっかり言っていたッス。きっと色々あってふたりの仲は悪かったんスね。けれど、今の父ちゃんにその話は聞かせられないっス……」
「なにかあったんだね?」
途中から彼は心ここにあらずだった。
「父ちゃんは冒険者だったんス。だけど魔獣に足をやられて引退してからは、じーちゃんに叩き込まれた魔導具造りの技術を活かして魔導具職人として細々とやっていたッス。それでも家族三人で支え合いながら楽しく暮らしていたすけど、病弱だった母ちゃんが去年死んでから、父ちゃん、ずっとあんな感じなんスよ……」
「そうだったのか……。すまない、確かに今の彼にクリーゼさんの死は告げるべきじゃない」
「たぶん今の父ちゃんには自分の声もほとんど届いてないッス。だけど、母ちゃんの死を引きずっている父ちゃんには、やっぱり聞かせられないッス。途中で話を遮って申し訳なかったッス」
僕は頭を振った。
「あんたと会って少しは父ちゃんが戻ってくるかなって期待したんすけど、やっぱりダメだったッスね……」
「どういうことだ?」
「父ちゃんは冒険者になりたくて家出したと言っていたッス。見たところ剣士で冒険者っぽそうな感じのあんたと話せば、少しは父ちゃんが元に戻るかと期待したんスけど……。途中までちょっと良い感じだったけど、やっぱりダメだったッス……」
確かにナイトハルトの名を聞いたときの彼の眼には活力が戻っていたように感じる。
その後、ヘカートを明日の朝まで彼女に預けることにして、僕はジーナに礼を言って家を出た。夕日に染まるファンガスの街を歩き出した僕らの後をジーナが付いくる。
何かを躊躇っているように見える。歩いては立ち止まり、また歩いては僕の後ろを追いかける。
さすがに無視はできず僕は立ち止まって彼女と向かい合った。
「どうしたんだ? なにか気になることでも?」
さっきまでハツラツとしていた彼女はもじもじしながら自分の指先同士をツンツンしている。
「あの……」
「ん?」
「自分を弟子にしてくれないッスか!」




