第160話 そうだ、聖都に行こう。
~前回のあらすじ~
グランジスタから課せられた卒業試験をクリアしたロイは、クラリスたち婚約者と二年でラウラを見つけて帰ると約束し旅に出る。
目指すは新勇者レイラ・ゼタ・ローレンブルクがいる聖都カイン。
禅宮游あらためロイ・ナイトハルトの希望に満ちた旅が今ここに始まる。
「はぁぁ……」
馬上で僕は盛大に息を吐いた。
『溜め息など付いてどうしたのだ?』
「だって寂しいんだもん……」
『……』
旅立ってからたった三時間で早くもホームシックになってしまった。これにはさすがの魔神も言葉を失ったようだ。
もうすぐお昼だな。ああ、家に帰りたい。クラリスの手料理が食べたい……。
もちろん早くラウラに会いたいよ。けれどみんなと離れて寂しいのだ。その気持ちはどうしようもない。
それに、しみったれた魔神と一緒の旅なんて嫌だ。クラリスやガブリエラやソフィアみたいな美少女たちが一緒じゃなきゃ嫌だ。
あの頃は良かった。いつもラウラがいた。アルトがいた。あの日々がどれだけ幸せだったのか、今になってやっと理解した。僕は恵まれ過ぎていたのだ。
それでも僕を乗せたお馬さんは、ぱっかぱっかと街道を進んでいく。
ふと思い出す。そういえば前世の愛馬、メンデルソンとモンブランはどうなったのだろうか。ギルドが運営するアパートの管理人に世話を任せていたから、きっとギルドで面倒を見てくれたはずだ。馬の寿命を考えると再会は難しいかもしれない……、寂しい……。
「はあぁ……」
どよーんと気持ちが沈んでいく。
『ところで、なぜ飛翔術を使わんのだ?』
ヴァルは言った。僕の心境なんかまったく気にしていない。
「あー……、アレ魔力燃費悪いんだよなぁ。前世の僕だったら使ってたけど、今はできるだけ余裕を残しておきたいんだ」
『ふむ』
「なあ、そういえばお前って魔法を創れるんだよな?」
『うむ』
「じゃあ僕でも魔法って創れるのか?」
『可能であり不可能でもある。誰でもできるが誰にもできぬ』
「は? 禅問答ですか?」
『言葉どおりだ。術――、人族のいう魔法とは願望の具現化である。あんなこといいなできたらいいなと望み、創意工夫を重ねて試行錯誤し改良を加え、少しずつ願望を現実に近づけていく。それが魔法を創るということだ。故に最初から完璧な魔法など存在しない。たとえば空を飛ぶ魔法、ユウの飛翔術、あれはまだ完全ではないであろう』
「陣と陣の間を飛ばしているだけだから?」
『うむ、その通りだ。ではなぜ人は鳥のように飛べぬと思う?』
「翼がないから?」
『まさしく、その思い込みが枷となって人を縛ってしまう』
「思い込み? 枷? 人が空を飛べないのは現実だろ?」
魔神は首を振った。
『現実とはなにか? 現実とは認識の積み重ねである。人は空を飛ぶ鳥を見て人が飛べないのは翼がないからだと知る。その瞬間に枷は生まれる。生きるということ、知を得るということは手足を縛る枷を増やすことでもある。まずはその枷を外すのが、いうなれば魔法創作の始まりである』
「魔法創作か……。じゃあなんだって出来ると思い込めばどんな魔法でも創れるってことか?」
『魔力を有していることと自身の魔力を超えない術であることが前提条件だが、満たせば可能である。だが僅かでも疑いがあれば枷は外れない。『枷外し』は世界の理を覆すということだ。魔人にとっても人族にとっても容易くない。人は空を飛べない、時間を止められない、その固定された概念を打ち破るのは難しく、常人にはまず不可能である。故に誰でもできるが誰にもできぬ』
しかしながら、とヴァルは続ける。
『開発者が苦労して生んだ魔法さえも、他者がそれを覚えて使用するのはそれほど難しいことではない。なぜなら、できるという概念がすでに生まれているからだ。魔法で空を飛んでいる者を見た時点でマインドセットが変わる。枷が外れた状態から始められる。後は努力と才能次第だ』
魔法の本質は世界の理を変化させる方法ってことか……。
『理解できたか?』
「正直なところ色々と疑問はあるけど、そういう物だと思うことにする」
『ふむ、それがよい。理解できぬものを理解しようとしても理解はできぬ。時間の無駄だ』
「そんなことよりもさ、そんなお前がどうして人族の三英雄に負けたのか、そっちの方が遥かに疑問だな」
『物理で押し切られた』
「ぶつり?」
『単純な攻撃力だ。加えて奴らは精霊の寵愛を受けた者たちだ。我は精霊の力を防げん』
お、そいつは良いことを聞いた。ヴァルの弱点発見だ。
そんな会話をしているうちに舗装された街道から次第に未舗装の凸凹した道に変わっていく。
その先に見えてきたのはノーゼの森だ。
最短でペルギルス王国からカインに抜けるにはこの森を通らなければならない。ここは厄介な魔獣が多数生息している魔の森と呼ばれているため、通常は迂回していくのだけど、今の僕のレベルなら余裕で抜けられるはずだ。
しかし油断は禁物、日が暮れる前には抜けておきたい。時間的にちょっと微妙だけど急げばなんとかなるだろう。
僕は馬を森の中へと進ませる。森に入っていくと木々に陽光が遮られて辺りが暗くなっていく。
魔の森なんて呼ばれているから不気味なイメージしかなかったけど、思っていたよりも静かだ。鳥がさえずり、穏やかな風に木々の枝葉が揺れている。
大人たちが子供を森に近づけさせないために変な噂を流したのか?
――ん?
いま一瞬……、人の気配がしたぞ。
僕は耳を澄ます。
言い争う男女の声だ。
男がふたり、女がひとり
距離はここから百メートルほど離れている。
会話が聞き取れないけど、どうやら穏やかではない。女は助けを求めている。
うーん……。まいった。
もう日が傾き始めている。急がなければ森を抜けられない。構っていたら森の中で一晩過ごすことになるかもしれない。
んが、人助けは世の情け。
「……しゃーない」
馬を降りた僕は声のする方に向かって歩いていく。
薄暗い森を進むと見えてきた。ふたりの男たちが女性の腕を掴んで力任せに言うことを聞かせようとしている。
「なにがなんでも戻ってもらいます!」
「嫌じゃ! 妾は絶対に戻らん!」
「まったくいい加減にしろ! 自分の立場が分かっているのか!」
「離すのじゃ無礼者めッ!」
会話からして痴話喧嘩でも人攫いでもなさそうだ。関係者同士のいざこざってところか。
茂みから僕は姿を現した。
「あのー、嫌がっているみたいなので離してあげてください」
「あ?」
濁点の付いた「あ?」だった。
三人が同時に僕の方を向いた。
見た目は人族だ。
しかし、三人に共通するとある物。
ヴァイオレットの眼、両の側頭部から生えたヴァイオレットの竜の角、彼らはこの世界で最もヴァイオレンスな種族――、
「こ、恒竜族……」




