第156話 布告
僕の左手の中に一振りの剣が顕現していた。雷撃を帯びた黄金の刀身、神々しい光を放つ聖剣エイジスだ。
「これが……、雷帝ライゼンの聖剣……」
持っているだけで分かる。剣自体がすごい力を秘めている。それだけじゃない。装備しているだけで体力が回復していくのを感じる。この剣は使用者の傷を癒して体力を回復させる特殊な力がある。
突然の落雷に帝都中の人々が空を見上げていた。聖剣エイジスをその手に掲げて空に立つ僕を畏怖と恐怖が入り混じった眼で見つめている。
「聞こえるかアルゼリオン皇帝!!」
誰もが言葉を失い、静まり返った帝都上空で僕は出せる限りの大声で叫んだ。
「ぼく……、いや、オレ様の名前はユウ・ゼングウだ! 剣術大会でお前の孫をボッコボコにした少年、ロイ・ナイトハルトの友人である!! お前はロイの身柄引き渡しをペルギルス王に要求しているそうだな? ロイの代わりにオレ様が来てやったぞ! ロイを捕まえたいなら捕まえてみろ! 殺してみたいなら殺してみろ! だが、そうなれば貴様の命はないと思え! このオレ様、ユウ・ゼングウが貴様を殺す! できないと思うか? はっ! たかだか二十万ぽっちの魔王軍に手こずっているようじゃオレ様は止められないぞ! いいか、ロイを捕まえたいならオレ様、ユウ・ゼングウに勝ってからにしろ! それからロイの家族! 友人や関係者に手を出してみろ! 今度は帝都にさっきの魔法をぶち込むからな! 覚悟しておけよクソ皇帝! がははははははっ!」
高笑いをフェードアウトさせながら言いたいことを言った僕は飛翔術でそのまま飛び去っていく、エビの格好で――。
よしっ! 概ね目的は果たした。
皇帝が余ほどの阿呆じゃなければジャンの一件から手を引くはずだ。
たったひとりの少年を捕まえるために、これだけ甚大な被害を出した相手と敵対するなんて割に合わないことは明らかだ。
もっとも帝国はこの惨状だ。壁がない帝都は裸同然、魔王軍でなくとも人族の軍隊に攻められたら一巻の終わり。都市の防衛がなにより優先されるのこの状況下で今更、帝国の面子に拘っていられる余裕はない。
しかしながらである。我ながらやってしまった……。あれじゃただの悪者じゃないか。なにが「ガハハハ!」だ。悪の組織の幹部かよ……。
まあ、いっか、元々正義の味方なんてガラじゃないしな。
聖剣エイジスに「もう戻っていいぞ」と告げると、黄金の剣は光に包まれて消えていった。持ち主のアナスタシアの元に戻ったのだろう。
飛翔術と召喚魔法で魔力が枯渇しそうになっていた僕は、ほどなくして地上に降りてきた。
これ以上、残りの魔力だけで飛び続けるのは難しい。ペルギルスまではまだ距離があるけど、すぐに家に戻るとグランジスタに怪しまれるから、どこかの村で数日過ごしてから帰宅することにしよう。
その後、僕は帝都と王国の中間にあるセリスという小さな村に滞在させてもらい、若い娘を攫う助平な魔獣に困っていた村人のためにサクッと魔獣退治をした。助けてもらったお礼に村娘を嫁にもらってくれと懇願されて、一組しか布団のない部屋に押し込まれたりして、頃合いをみて村長から借りた馬で家に戻ってきたのだった。
僕が帝都に行ってから五日が経過していたこの日には、帝国で起きた災害についてグランジスタの耳に届いていた。
そして当然、一度の魔法で二十万もの魔王軍を屠ったユウ・ゼングウと名乗る謎の魔導士についてもである。
彼から事件の真相を問い詰められた僕は、今回使った魔法はアナスタシアとの契約で一度だけ彼女の魔法を借用できると、息をするように嘘を付いた。
正直、バレるかもしれないと内心では冷や冷やしたけど、グランジスタはあっさり納得してくれた。
上手く誤魔化すことができたのはグランジスタが魔法に疎いということもあるが、アナスタシアの強さが規格外だからこそ僕の嘘に説得力が生まれるのである。おそろく彼女も同格の魔法が使えるのだろう。
それに実際、アナスタシアとの契約で聖剣エイジスを召喚した訳だし、半分は本当のことだと僕は自分に言い聞かして嘘を付いた罪悪感を希釈するよう努めた。
それよりも勝手に出て行ってふらりと帰ってきた僕へのクラリスたちの怒りを鎮める方が遥かに大変であり、僕は彼女たちを抱きしめて愛を囁くことで、なんとか有耶無耶にしたのだった。
近頃、だんだん女性の扱いが上手くなっている気がする。伊達に淫獣ヴァルと一緒にいる僕ではない。
それとも僕とヴァルの境界が曖昧になってきているのだろうか――。
あと3話続きます。




