第155話 星と稲妻
僕の力ではどうにもならないのは明白だ。
「でも、それは――」僕は言いかけて止めた。
〝お前が今まで手を差し伸べきた魔人を、自分の手で殺すことになるんだぞ?〟と口にしそうになったが、言えなかった。
「そうだな、やっぱりやめた」とヴァルに言われてしまうのを恐れた。僕はどうしよもないエゴイストだ。
『どうした?』
「分かった、じゃあ――」
『だが、我が出るほどでもない』
「……なに?」
『我の力と術を一時的にユウに譲渡しよう』
「そんなこともできるのか?」
『うむ、可能である。無論、消費する魔力はユウのものだがな』
「わかった。お前の力を貸してくれ」
《主催者の右腕》
ヴァルの声が頭に響いた直後だった。
「――ッ!? ぐあぁぁっぁぁぁっぁッ!!」
灼熱が身体の内側から襲い掛かる。
熱い! まるで血液が沸騰しているみたいだ!
細胞が異質な物へと変化していくのが分かる。気付いたときには意識を保ったまま、赤黒い魔神の右腕が顕現していた。
「これは……」
『右手を空に向かってあげて唱えよ』
見えない手に誘導されるように空に向かって右腕を伸ばす。いくつもの光の曲線が上空を走り、巨大な魔法陣が展開していく。
ヴァルと声を重ねて僕は詠唱した。
《局地的天変地異》
大小様々な多数の魔法陣によって構成された大規模魔法陣が起動を開始、それぞれが歯車のように回転していく。
明るかった空が急激に暗くなり、完全な夜が訪れた。夜空に瞬く幾千もの星々。星々は徐々に光を強めて巨大化していく。
「違う……」
巨大化しているのではない。それらは近づいてきているのだ。
夜空に瞬く幾千の星々はすべて流星だった。流星群が帝都に向かって天から落ちてくる。
魔法によって引き起こされた天災はメテオストライク。その圧倒的な破壊力によって容赦なく魔王軍を殲滅するだろう。だけど――。
「これじゃあ帝都も一緒に滅んでしまうぞ!?」
『よく見よ。《局地的天変地異》の上にもうひとつ転移魔法陣を重ねて掛けてある。帝都に降り注ぐ隕石はすべて外にいる者たちの頭上に降り注ぐ。仮に転移魔法陣の隙間から落ちてくるようなら隕石など破壊してしまえばよい。ユウの肉体は右腕と同様に強化されている』
できるのか、そんなことが……。いや、やるしかないんだッ!
僕は拳を握りしめて空を見上げる。
帝都の兵士も、魔人も、亜人も、魔獣も、誰もが空を見上げていた。
壁の外には魔人の大軍団、頭上からは無数の流星郡、逃げ場のない帝国の民は手を合わせて神に祈りを捧げる。
魔王軍指揮官の判断は迅速だった。敵レギオンが移動を開始、撤退していく。
だが、間に合わない。もはや彼らに逃げ場所はない。
借り物の魔法だけど、魔法を発動させた僕には分かる。この流星群は帝都を中心に十数キロの範囲に降り注ぐ。
幾らも経たずに、最初の隕石が大地と衝突した。
衝撃波。
轟音。
地揺れ。
さらなる衝突。
この世の終わりのようなサイクルが何度も何度も繰り返されていく。
いつ止むとも知れない流星群の最後のひとつが落ちてから、辺りに立ち込めていた噴煙が収まるのを待ち、変わり果てた大地に僕は言葉を失った。
森も川も山も草花も、あらゆる物が吹き飛び、消滅している。無論、二十万いた魔王軍の姿もない。
衝撃波や吹き飛んだ岩石によって帝都を囲む強固な壁は、全方位崩れてなくなっていた。
魔王軍は壊滅したが、豊かだったシス平原はクレーターだらけでまるで月面だ。元も戻るまで十年単位の月日が掛かるだろう。
月面にぽっかり浮かんでいるように帝都だけが残っている。帝都は壁を失ったが、壁の内側は転移魔法陣によってほぼ無傷だ……、だけどこれは――。
しばらく言葉が出なかった。僕だけじゃない。帝国の兵士も帝国の民も、誰も彼も呆然と立ち尽くしている。
僕は確かに魔王軍殲滅という武功を立てた。だが、武功とは言えない。
これは破壊だ。まさに天災そのものだ。帝国の損害は計り知れない。恩赦なんて期待できない。
もう後には引けない。こうなったら、この状況を最大限利用するしかない。
どうする……。
最善は僕と僕の家族や会長たちを帝国から守り、かつ直接ではなく間接的に僕の名を売る。世界に轟き、ラウラに届くほど。
それにはこの場にいる全員の注目を集めるアイテムが必要だ。
絶対的な権力の象徴、悪ではなく正義の旗印っぽいアイテムでもあれば最高だけど、そんなものタイミングよくあるはずが――、あ? あるかもしれない……。
絶対的な正義の象徴にして正義の旗印、雷帝が所持していた聖剣エイジス。
アイザムの街で勇者パーティと出会い、彼らと冒険者ギルドに泊まったとき、永眠する雷帝のそばに立つアナスタシアは僕に言った。
『聖剣エイジスとキミの魂をリンクさせた』と『必要なときに召喚することができる』と僕の左手を握りしめて語った。
アナスタシアと交わした召喚の契、魂が同じなら肉体が変わっていても呼び出せるはずだ。
ノックスは聖剣をただの飾りだと言っていたが、アナスタシアの口ぶりではどうも違うようだ。ふたりの聖剣は同一ではない可能性が高い。
「なあ、ヴァル……、召喚ってどうやるんだ?」
『召喚陣か声に魔力を込めて名を呼ぶか、どちらかだな』
召喚陣なんて描けないから呼ぶしかない。
「アナスタシア、剣を借ります」
僕は左腕を真っ直ぐ空に向かって伸ばし、その名を呼んだ。
「来い! エイジス!」
刹那、一閃の稲妻と共に雷鳴が轟く。




