第154話 レギオン
帝都の中心にそびえるのは皇帝の居城、アルぜリオン城だ。
その巨大な城を中心に神殿や闘技場、歌劇場に競馬場などが点在している。
帝都が誇る近代的な建築物は観光地としても有名で、荘厳さもさることながら権威の象徴である黄金が惜しみなく使われた華美な装飾に、思わず目が奪われてしまう。
こんな場合でなければクラリスたちを連れてゆっくり観光したかった。
そしてすでに戦闘は始まっていた。広大な帝都を囲む高い壁の上から兵士たちが弓を放っている。
帝国は教科書どおり壁の内側から迎撃する籠城作戦を取っている。
しかし、どうも様子がおかしい。いくら相手が魔王軍だからと言って、あまりにも戦い方が消極的ではないだろうか。常勝不敗を掲げる帝国ならもっと強気に出るかと思っていたのだが、やっぱり魔人を警戒しているのか。まあ、時期に各国の騎士団が駆けつけるから無理に前に出る必要はないのだけど。
「は? なんだよ……あれは……」
僕は自分の目を疑った。何度も瞼を擦って確認する。
「どうなっているんだ……。全然情報と違うじゃないか……」
それは雲の影だと思っていたが、違った。
帝都を囲む高い壁の外、広大なシス平原を埋め尽くすのは魔人族の大軍団である。まるで巨大な黒い絨毯が、さざ波のように動いている。
これは一万どころの話じゃないぞ……。敵前線のワンユニットが一万だとしたらその二十倍はある!?
魔人に亜人に魔獣を合わせた二十万ものレギオンだ!
帝国の正規軍が七万、敵の数はその二倍以上。人族同士の戦争であれば何倍もの戦力差を覆した記録は、いくらでも残っている。しかし相手は魔人族だ。一兵士の戦力差は歴然、もはや帝国は援軍が到着するまで防御に徹するしかない。
これだけの大軍を一気に転移させるなんて遂に魔王は勝負に出たということなのか……。このタイミングで仕掛けてきた理由、それはなんだ? 十五年近くの間、大規模転移がなかったのはすべてこの日のためだとでも?
現在、帝国を襲っているのは巨人系モンスターによる投てき砲弾だ。
リタニアス戦役のときと同じように遠投で壁を破壊していき、崩れたところから一気に攻め込むつもりだ。すでに帝都を囲む巨大な壁の一部が崩落寸前だ。
さらに何層にも重なる魔獣部隊が波状攻撃で突撃を繰り返している。
帝都の跳ね橋門が破られるのは時間の問題、後方の本隊が動き出すのはその後だ。
帝国軍も長弓や投石機、魔導砲で反撃しているが、ほとんど届いていない。
魔導砲とは、名前はカッコイイが完全に名前負けの兵器である。複数の魔導士が爆裂魔法で鉄の砲弾を飛ばす魔導砲の射程は、せいぜい二百から三百メートルしかない。他の武器より少し射程が長いだけで、敵はさらにアウトレンジから攻撃してくる。
運用効率も悪く、砲弾が尽きるより先に魔力が枯渇してしまう。ただでさえ限られた魔導士を魔導砲で消費するのは愚策である。
それとも帝国には、名ばかり兵器に人員を割いても問題がないほどの魔導士が控えているのか。
魔王軍のトロールは帝国兵をあざ笑うかのように魔導砲によって飛んできた砲弾を投げ返した。さらに帝都の壁が剥がれ落ちていく。
アルゼリオン城の上空で停止した僕は、空中に足場となる魔法陣を展開してその上に立った。
「くそ……」
思っていた以上に時間がない。武功を立てるなんて調子のいいこと言って飛び出したけど、その前に帝国が陥落する。
僕ひとりが戦線に加わったところでこの戦況は変えられない。帝国が魔王軍の手に落ちれば、いずれペルギルス王国も戦火に見舞われるのは確実だ。
それだけはなんとしても回避したい。
どうする……。どうすればいい……。考えろ、考えるんだ、ロイ。
現実的にあの数の敵を時空転移させるのは無理だ。
ならば敵将を狙って倒すか? レギオンを率いているゾディアックが本隊のどこかにいるはずだ。
でも……もしも、軍を率いているのがデリアル・ジェミニだったら――。
グランジスタは奴が魔王の元を離れたと言っていたけど、それはあくまで推測に過ぎない。
今の僕でアルデラを倒せるのか……。
『ユウ、我の力を〝貸し〟てやっても良いぞ』
動き出せずにいる僕にヴァルは言った。
「……ヴァル」
できるだけヴァルの力には頼りたくない。自分の力だけで解決したい。
一度箍が外れてしまえば、今後もなにかある度にこいつの力に依存することになりかねない。なんの疑問も抱かずにヴァルの力に頼ってしまう。
だけど……、そんなことを言っている場合じゃない。
そのときだった。城壁の一部が崩壊した。音を立てて崩れ落ちた石材が堀を埋めた直後、魔獣部隊が一気に帝都へと流れ込んでいく。
僕は魔王軍の本陣に目を向けた。
「お前ならあいつらを蹴散らすことができるのか?」
僕の問いに魔神は『造作もない』と事もなげに言い放つ。




