第153話 帝都
「自分の不始末は自分でカタを付けます」
僕の提案にグランジスタは答えなかった。腕を組んだまま目を閉じて黙っている。
「いいんじゃないのか? お前の代わりにロイを向かわせるってことでよ」
首を縦にも横にも振らないグランジスタの代わりにゼイダがそう言ってくれた。
「ここらで腕試しさせるのも魔族と実戦経験を積めるいい機会だ。多いつっても魔王軍は一万ぼっちなんだろ?」
「まあな……、帝国の兵力は七万、よほどのことがない限り負けはしないだろう……」
大規模転移が始まって以来、史上最多となる魔王軍一万をぼっちと言って退けてしまうのはさすがだが、グランジスタが決めかねている理由はなんとなく分かる。
「戦いに絶対はない」
僕の口から出てきたのはイザヤがよく口にしていたセリフだった。
グランジスタは僕の眼を見据えた。
「それが分かっているならいい。よし、行ってこい」
彼は続ける。
「どっちにしても帝国が落ちればこの国も戦火に巻き込まれるんだ。ロイ、ひとつだけ約束しろ。やばくなったら逃げてこい。逃げるのは騎士の恥だなんて考えるな。俺たちが魔境で生き残れたのも選択肢のひとつとして常にあったからだ。分かったな?」
「はい!」
精霊への誓いを示すため僕は、胸に手を当てた。剣を手に取り踵を返す。
「それでは行ってきます! クラリスたちの説得はよろしくお願いします!」
去り際に僕が放ったセリフに、「一番厄介な仕事を押し付けやがったな」とゼイダが皮肉った。
◇◇◇
僕は馬の背に跨り走り出した。
帝国に一日も早く到着するためには途中で馬を乗り換える必要がある。睡眠時間を削って先を急ごう。途中で先行している騎士団を追い越すことになるだろうが、シカトだ。彼らも僕に構っている余裕はないはず。
『ユウよ、ひとつよいか?』
王都の跳ね橋を走り抜けて、街道を急ぐ僕にヴァルが声を掛けてきた。
「なんだよ? 別れの挨拶をしに戻る時間はないぞ」
『そうではない。我が言いたいのは「なぜ空を飛ばんのだ?」ということだ』
「……は? 飛ぶ? いや、飛べないし」
いったい何のことかと僕は前方を向いたまま首を捻る。
『……? 飛べるであろう?』
ヴァルはヴァルでなぜ伝わらないのかと首を捻っている。
「飛ぶってどうやって?」
『貴様には飛翔術があるではないか?』
「え? 飛翔術?」
『貴様の記憶によれば、ユーリッドが使っていたではないか』
そう告げられた僕の脳裏に、ユーリッドが空を飛んでいた光景が蘇る。
「マジで? あれ使えるの?」
『ああ』
「っていつから?」
『ユウがユーリッドを殺したすぐ後だ。そのときに術の権限がユウに移行しておる』
「へ? じゃあさ、前世で僕とラウラがあっちいったりこっちいったりした苦労はなんだったの?」
『我の知ったことではない』
「よ、よし。ものは試しだ。とにかくやってみるか……。空を飛べるなら今日中に帝都に着くだろうし」
なにはともあれ僕は馬から降りた。
「ありがとう、帰っていいぞ」と馬のお尻を叩くと、彼は自分が走ってきた道を戻っていく。
「で、どうやるの?」
僕は街道に立ち、ヴァルにたずねる。
『ユーリッドはどうしていたか考えてみよ』
特になにかしてたっけ?
ふわっと浮いて飛んでいたよな……。
「うん、考えてもわからん」
あっさりと考えることを放棄した僕にヴァルは溜め息をつく。
『仕方ない、最初だけ我が指南してやろう』
「すまない、助かるよ」
『グロリアの件で世話になった、今回は我も手を貸そう。では、ゆくぞ』
見えない手に誘導されるように、僕は右腕を帝国の方角に向けた。その直後、いくつもの魔法陣が空に向かって等間隔で展開していく。
虹の架け橋ならぬ魔法陣の架け橋――、いや、トンネルと表現した方が近い。
『これは飛翔術と言っても鳥のように自力で飛んでいるのではなく、術式陣間を飛ばして移動する術だ。それでは地面の術式陣を踏んでみよ』
魔法陣に乗ると体が浮き上がった。ぶわっと風を押しのけて次の魔法陣に向かって飛んでいく。
なるほど事前に定めたルートを通っていくのか。便利だけど空中で攻撃を躱したり急旋回したりするのは難しそうだな。
『ユウ、なにを遊んでいる?』
ヴァルが空を飛翔する僕の姿に言及した。僕がエビのような格好で背中から飛んでいるからだ。
「いや、遊んでいる訳じゃ……。空中での姿勢保持が難しいくてさ……」
確かにこれでもなんとも締まらない。ユーリッドはスーパーヒーローみたいにカッコよく空を飛んでいたのにな……、どうやら練習が必要のようだ。
「そういや僕の魔力総量ってどれくらいなんだろ?」
『前世の半分程度だな』と僕の独り言にヴァルは答えた。
「半分か、かなり減ってしまったんだな」
『そうは言うが前世のユウの魔力量は我が出会った人族の中でも十の指に入っていた。半分といえ魔神を相手にしない限り不便はあるまい』
こいつ……、しれっと自慢してきやがった。
「ちなみに魔神様であるヴァルの魔力総量って今の僕の何倍くらいなんだよ?」
『さて、尽きたことがないので分からぬ』
「マジで……」
『しかし基本的に術には待機時間が存在する。たとえ無限に使えたとしても強力な術となれば連発はできん』
「へぇ……」
『見えてきたぞ』
雑談している間に、西方の覇者にしてこの世界で最も大きな都市国家、帝都が見えてきた。




