第152話 口火
ここ数日、僕とガブリエラはゼイダと三人で仲良く一緒に学校へ通っている。
実はゼイダもグランベール学院に入学して生徒になった――、のではなく念には念をということで、騎士団から僕らを守るためのボディーガードをしてくれている。
ペルギルス王国騎士団は、帝国騎士団や聖都騎士団に規模では敵わないが個々の能力では引けを取らないほど強者が揃っている。加えて王国には魔導部隊という手札もある。
もし登校時に強襲されたら僕とガブだけでは対応は難しい――、そこでゼイダがボディーガード役を買って出てくれたのだ。
現に昼夜を問わず監視する気配が常に付きまとっている。
僕を国外に逃亡させないためだろうけど、同時に僕がひとりになるチャンスをうかがっているようだ。
クラリスはグランジスタと家に一緒にいるから安全だし、ソフィアは兄であるフランクが護衛してくれる。
実家の方はどうなっているだろうか。弟のリュークはまだ小さいし、ちょっと心配だ。
いくら王国騎士団が焦っているからといえ、ナイトハルト流の総本山を襲撃するほど馬鹿じゃないだろう。アークライト家もいずれ僕の身内になる訳だし、国王が二大流派と敵対するとは思えない。
しかし、王国としても何らかの形で皇帝に忠義を示さなければならない。
たとえ敵わないと分かっていても騎士団を向かわせて威圧してくる。
昨日からさらに監視があからさまになった。
彼らは姿を隠すことなく、決して敷地に入ることなく一定の距離を保ちながら僕の家をとり囲んでいる。
グランベール学院もほどなくして僕に停学処分を下した。
怖がるクラリスのそばについていられるのは良かったけどグロリア会長が心配だ。
僕とジャン皇子に関わったせいでラグデューク家が不利益を受けていなければいいのだが、次に彼女に何かあったら僕はヴァルを抑えきれない。
打って変わってガブリエラは家の外に居並ぶ騎士団を眺めながらわくわくしている様子。
「叔父様! いつになったらやっちゃってよろしいのですか!」と瞳をキラキラさせている。
その度にグランジスタを楽しそうに笑うのだ。俺の若い頃にそっくりだ、と。
血は繋がってないけど、ガブとグランジスタは思考回路が似ている気がする。彼の意思を継ぐべきはガブなのではないかと思ってしまう。
グランジスタのことは尊敬しているが、それだけは勘弁してほしい。ガブにはいつまでも可愛いらしい妹であってほしいと願う。強すぎる妹というのも守りがいがない。
意外にも誰よりもピリ付いているのは、ゼイダだった。
クラリスを奴隷とした入国させた時点で彼の怒髪天は逆立っている。国をぶっ潰す理由を欲していた。グランジスタと僕の手前、大人しくしているが、早く向こうから戦いの口火を切ってくれないかと手をこまねいている。
そんなある日、騎士団が突然引き返していった。忠犬ハチ公のように忠実に待機していた彼らが、定時を前に帰っていく姿に違和感を覚えた僕だったが、騎士団が引き返した理由が判明したのはその翌日だった。
『アルゼリオン帝都周辺に魔王軍出現、救援求む』
帝都にいるグランジスタの知人からもたらされた情報だった。
帝国西部のシス平原に一万もの魔王軍が突如として転移してきたという内容だ。第二次リタニアス戦役以来、実に十四年ぶりの大規模転移魔法である。そして、今までで最多となる数だ。
アルゼリオン帝国は属国に派兵を命じた。当然、ペルギルス王国も機動性に優れた騎士団を先行させ、編成が整い次第、軍隊を向かわせる。
今日、僕の元に情報が届いたということは、すでに帝都が魔王軍にとり囲まれている可能性は高い。
帝国領土は広大なため、帝都までは馬で最低でも五日掛かる。
帝都が簡単に陥落するとは思えない。帝国騎士団にはオリハルコン級に相当する猛者がゴロゴロいると聞く。
さらに数日中に帝国領の国々から駆け付けた騎士団によって、今度は魔王軍がとり囲まれる番だ。
――もしかしたら、この状況はチャンスなのでは……。
すでに出遅れてしまっているが、単騎なら僕の方がペルギルス騎士団より早く帝国に駆け付けることができる。
窮地の帝国で武功を上げれば、ジャン皇子の件はチャラとまでは行かないとしても恩赦を受けられるかもしれない。
このまま何もしなければ、いずれペルギルス国王は力ずくで僕の身柄を確保しに来る。
はっきり言ってグランジスタとゼイダがいる以上、騎士団に勝ち目はない。
たとえ軍隊を率いて攻めてきたとしても結果は変わらないだろう。
単純な武力差の他にも理由がある。
軍の上層部にはナイトハルトの血縁者がいる。さらに騎士団にもペルギルス軍の兵士にも多くのナイトハルト流の人間がいる。
流派と国の英雄であるグランジスタとの戦いは彼らの不信を買い、離反や造反などの内部分裂を引き起こしかねない。
そうなれば国の軍事力を低下させることになる。
ただ、騎士団との衝突を避けられたとしても、いつまでも僕の身柄を引き渡さないペルギルス国王に対して、皇帝はその行為を反逆と見なして断罪するはずだ。
僕の首が飛ぶ前に国王の首が飛ぶ。
最もスマートな方法は皇帝から許しを得ることだ。
僕を失うのは帝国領にとって大きな損失であると思わせる必要がある。
帝国のピンチ、この機を逃す訳にはいかない。
すぐに僕はグランジスタとゼイダに自分の考えを伝えた。




