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【115万PV超】異端者アルデラの魔導書《grimoire》  作者: unnamed fighter
【第十七章】魔神の逆鱗

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第150話 事後処理

 ヴァルは皇子たちを廃人にしてしまった。

 確かに殺さないという約束は守った。だが、これでは死んでいるようなものだ。

 治癒魔法でどうかできる状態じゃない。ダメージを受けたのは肉体ではなく精神なのだ。皇子は元には戻らない、一生あのままだ。


 僕は代わるべきではなかったのだろうか?


 ……たぶんそれは無理だ。僕では止められない。拒否したところでヴァルは強制的に入れ替わっていたはずだ。たとえ僕と仲違いしたとしても。



 僕の意識がジャン皇子に向いている間に、ヴァルはグロリア会長の拘束を解いて抱きかかえていた。

 会長は口許を戦慄わななかせ、僕の身体にしがみつくように抱き付いて泣き出した。ヴァルは会長を安心させるように彼女の髪に頬を寄せた。


『無事で良かった……。グロリア、家に帰ろう』


 嗚咽を上げて泣く彼女に、ヴァルは優しく微笑みかける。



◇◇◇



 ラグデューク家の屋敷に会長を送り届けたヴァルだったが、少し間を置いてからとんぼ返りで彼女の部屋に忍びみ、そのまま夜を明かすことになった。

 僕は黙ってヴァルに恩を売ることにした。


 翌朝に帰宅した僕は、何食わぬ顔で朝の食卓に付いている。

 夕方いなくなって、そのまま朝帰りした僕に家族は何も言わなかった。


 普段どおりだけど、なにも聞かれないのが逆に怖い。

 みんなで囲む朝の食卓の話題はセツナのことで、学校に忘れ物を取りに行ったまま戻ってこなかった理由について誰も触れなかった。


 ガブリエラとクラリスからは隠し切れない怒りのアトモスフィアが漂っている。

 彼女たちには説明しておいた方が良さそうだ。


 グランジスタとゼイダは、筋の通った喧嘩をする分には寛容だから大丈夫だろう。



 食事の後、僕はクラリスとガブリエラを自室に呼び出して、グロリア会長が誘拐されていたことを話した。

 誰にも言うな、ひとりで来いと脅されていたため、話すことができなかったと説明すると、彼女たちは不満を漏らしつつも納得してくれた。

 

 誰に襲われたかについては調査中ということにしてある。

 できれば彼女たちを巻き込みたくない。だが、もし向こうから仕掛けてくれば隠してはおけなくなる。身辺を警戒する必要はあるだろう。

 そうなると、やっぱりグランジスタとゼイダには誰と喧嘩したのか告げておく必要がある。


 一国の――、廃嫡になった皇子とはいえ、皇帝の孫を廃人にしたのだ。

 ただで済むはずがない。黙って見過ごせば帝国の威信に関る。


 

 登校した学院の雰囲気はいつもと変わらない様子だった。生徒会長誘拐事件が表沙汰になっていないことがうかがえる。

 

 グロリア会長は学校を休んでいる。しばらく学校を休めとヴァルが彼女に指示したからだ。

 当然ながら、ジャンの姿も三人組の姿もない。

 


 そして昼休み、僕はシャリー先生に呼び出された。

 いつものベンチで待っていた彼女は、ひどく曇った顔をしている。


「ロイ、なにかしたか?」


 僕の顔を見るなり彼女は言った。


「いえ……、なにかあったんですか?」


 本当のことを話す訳にもいかず、僕は彼女にたずね返す。


「学院の幹部たちがお前のことを探っている。今日欠席している殿下と取り巻きの生徒たちに何かあったようだ。私もそれ以上詳しいことは分からない」


 眉根を寄せて僕の身を案じる先生に僕は微笑んだ。


「大丈夫ですよ、先生。そんな顔をしないでください、なにも心配することはありません」


「ホントだな?」と彼女は眼鏡の奥の瞳で僕の眼をのぞき込んできたので、「僕が嘘を付いているように見えますか?」と言って顔を近づけた。勢い余って互いの鼻先が触れ合っている。


 すると、頬を赤く染めた彼女は恥ずかしそうに視線を逸らした。


「たいていの者なら今ので真偽を読み取れるのだが、キミは普段と〝あのとき〟との落差が激しすぎて私には判断がつかない……」


 まったくもう、と彼女は溜め息をついた。


「そういえば伝言があります」


「っ!?」


 先生の表情が強張り、さらに赤くなる。もう耳まで真っ赤だ。


「今夜、月が満ちます」


 これは僕と先生のふたりの合言葉。そしてヴァルからの伝言だ。その意味は『今夜逢いに行く』。


「わ、わかった……。確かに伝言を受け取った」


 先生は顔を紅くしたまま校舎に戻っていった。

 少しだけ彼女の抱く不安を取り除くことができたようだ。


 ベンチから立ち上がり、僕は歩き出す。


「どうやら学校を辞めるときが来たようだ」

『なぜだ?』

「僕がいるとみんなに迷惑が掛かる」

『これは我と奴らの問題である』


「人間社会はそれで済まないんだよ、ジャンは皇子だしな。ヘンダーソン商会がジャンに倉庫を貸した記録は残っているだろう。おそらく出入りした人間も商会にチェックされている。奴らは情報が金になることを知っているからな。国に犯人の情報を提供すれば信用と金が同時に手に入る」


『これからどうなる?』


「僕の身柄を拘束しに来るだろう。裁判に掛けた後で処刑だ。僕の首だけで済むはずがない。ガブリエラやクラリス、兄さんたち家族や親せきも全員、処刑台送りだ」


『なら、帝国を消してしまえばいい』


「お前ならそれができるんだろうけど……。帝国を潰したからって丸く収まる訳じゃない。今度は別の問題が起こる」


『別の問題とは?』


「帝国が消滅すれば今度は属国間の争いに発展する。戦国時代が幕を開けるんだ。僕のせいでもっと多くの人が死ぬ」


『ならば属国もろとも消してしまえばいい』


「笑えない冗談だな」


『ではどうするのだ?』


「……わからん」


 今は様子を見るしかない。


 ジャンを廃人にしてしまったけど、あっちはあっちで犯罪行為だった。向こうにも非はある。

 現段階では、まだ犯人を特定できた訳ではなさそうだ。もう少し楽観的に考えてみてもいいのかもしれない。

 叶うなら、このまま迷宮入りして何事もなく過ぎ去ってくれたら――。

 



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