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【115万PV超】異端者アルデラの魔導書《grimoire》  作者: unnamed fighter
【第十七章】魔神の逆鱗

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第149話 叫び

 迷いなく近づいていくヴァルに対して、三人組のひとり、ヒョロガリがグロリア会長の喉にナイフの刃を突き立てた。


「うひっ! おいおいおい~、な~に勝手に動き出してるんだよ~。自分の立場わかってんのかぁん? お前も偉くなったもんだよなぁ? 調子に乗りやがって、ムカつくんだよ……」


 ヴァルが素直に立ち止まるとジャンは勝ち誇った顔で一歩前に出た。

 

「お前が来る前にこのドブスを可愛がってやろうかと思ったが、ドブス過ぎてその気にもならなったぞ……。ドブスで助かったな、くくくっ……」


「……ロイくん? ロイくんなのですか?」


 うなだれていた会長が顔を上げる。目隠しされたまま僕の姿を探して周囲を見回した。


「うるさいぞ、黙れドブス。今この俺がしゃべっているのだ!」


 ジャンが無造作に金糸の髪を掴んだ。グロリア会長の顔が苦しそうに歪む。


「うっ…………ロイくん、来てはなりません。私に構わず逃げてください……」


 落ち着いた口調でグロリア会長は毅然と言った。

 彼女の態度にジャンは忌々し気に舌を打つ。


「ロイ・ナイトハルト……。本来ならば俺の手でお前をいたぶってやりたかったが、お前ごときが俺の手を患わせるなどあってはならない。なにせ俺は父上の次に皇帝になる男だ。そんな俺が廃嫡などあり得ない……、お前を殺して俺は皇帝に認めさせる。俺にはまだ皇位継承の権利があることをなッ!」


 ジャンは片手を高く上げた。隠匿魔法で姿を隠していた魔導士たちが姿を現す。何十人もの魔導士が倉庫の壁に沿うように横並びに立っている。

 もっとも、そんなことはここに入ったときから気付いていたが、どいつもこいつも仮面で顔を隠している。素顔を晒さないのは、こいつらが殺しのプロだからだ。ジャンは魔導ギルドの人殺しを専門にする魔導士を雇ったのだ。


 魔導士が杖を構えて呪文の詠唱を始めた。杖の先に火炎の塊が生まれて大きくてなっていく。倉庫の中に熱気が立ち込める。

 

「ふはははっ! ロイ・ナイトハルト、貴様は骨すら残さんぞ! 炭になるまで燃やすし尽くしてやる!」


「やめて!」


 グロリア会長の叫び声が響く。


「どうかお願いだからやめて! やめてください! 私はどうなってもいいから彼を助けてください! どうか……、どうか、おねがいだから……っ」


 彼女は泣きながら訴えた。今まで聞いたことのないその悲痛な声に僕の胸は締め付けられる。


『安心せよグロリア、すぐに助ける』


 ヴァルは彼女に向かって微笑んだ。


「ほざけぇぇぇぇッ! 魔法を放て! こいつを焼き殺せ! 殺せ殺せ殺せぇええ!!」


 ジャンの声を合図に杖から火炎の塊が同時に放たれた。

 僕の体が炎に包まれ燃え上がる。グロリア会長は悲鳴を上げた。ジャンと取り巻きの三人組が高笑いする。

 

 燃えながら僕は立っている。

 何も感じない。熱も痛みも、息苦しさもない。なにもない。

 やがて魔法の効果が消えて炎が消える。

 僕の体は何事もなかったように無傷だった。火傷のひとつも、煤のひとつもない。服すら焦げていない。

 有り得ない光景にジャンたちは、表情を固めたまま立ち尽くしている。


『児戯だな。我にそのような些末な術は効かん』


 肩のついたホコリを払ったヴァルは、再び足を踏み出した。


「な、何してる貴様ら! もう一度だ! 早くこいつを焼き殺せ!! もっと強い魔法で殺すのだ!!」


 再度の火炎魔法が杖先から射出された。だが結果は変わらない。何度呪文を唱えても僕の身体は火傷ひとつ負うことはなかった。

 火炎に包まれたままの状態で、ヴァルは平然と脚を進めていく。


『人の子よ、貴様はやってはならぬことをした。文字通り万死に値する。妃たちがいなければ我はこの国と貴様の国を滅ぼしていた』


「来るな! 近づいて来るなぁぁぁッ!」


『我を怒らせたことをあの世で後悔するがよい』


阿鼻叫喚スクリーム


 ヴァルが唱えた直後、壁沿いに並ぶ魔導士たちが一斉に崩れ落ちていった。


「な、なにをした!?」


 ヴァルは答えない。さらに足を踏み出した次の瞬間、取り巻きの三人組の少年たちが見る間にやせ細り、髪が真っ白になって倒れていく。


「ひッ!」


 変わり果てた三人組の姿を見たジャンが悲鳴を上げる。彼らは干からびてミイラのようになっていた。たが死んではいない。まだ息がある。虚ろな目をして、うわ言をボソボソと呟いている。


『これはただの幻術だ、死にはせん』


「ど、どうなっている……いったい、なにが起こっている……」


 ついにジャンの前にヴァルが立った。

 ヴァルはジャンに告げる。


『この者たちは体感時間にして八百兆年ほどの間、ありとあらゆる苦痛を味わって戻ってきたのだ、地獄から』


「じ、地獄だと? は、はっひゃくちょう……、ねん? き、貴様はいったい、な、なにを言っているのだ……そ、そんな魔法、聞いたこともない! ハッタリだ! そんな魔法がある訳ないのだ!」

 

 ジャンはヴァルを指さして叫んだ。彼の叫びがむなしく木霊す。


『では、自分の目で確かめてみよ。逝ってこい』


 ヴァルは人差し指の指先でジャンの額に触れた。


 見る間に皇子の瑞々しかった金髪が白く染まっていく。頬はこけ、眼は虚ろになり、皮膚が枯れていく。力なく地面に膝を付いたジャンは前のめりに倒れていった。


 倉庫は静寂に包まれる。


 僕はヴァルの中で震えが止まらなかった。死ぬよりも苦しく、死ぬことも許されない罰。これが魔神の逆鱗に触れた者たちの末路。


 スクリームとは、まったく名ばかりだ。悲鳴さえもあげさせない恐ろしい魔法――。


 いや、彼らはずっと叫び続けたのだ。

 地獄の底で、永劫に近い時間を、ずっと。何度も、何度も。







 みなさん、こんにちは。すっかり秋ですね。

 ヴァルが使った《阿鼻叫喚スクリーム》の元ネタは、八熱地獄の叫喚地獄です。


 明日、スポーツの日はお休みします(・ワ・)

 

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