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【115万PV超】異端者アルデラの魔導書《grimoire》  作者: unnamed fighter
【第十七章】魔神の逆鱗

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第148話 ペイバック

 犯人の目星は付いている。

 僕に強い恨みを持っていて、ここまでするヤツは容易に想像が付く。

 

 ジャン・ルード・アルゼリオンだ。


 現在の彼は皇位継承権を失い、実質的に廃嫡となったという噂は聞いている。


 その理由は剣術大会で僕に負けたからだ。

 たったそれだけで廃嫡なんて大袈裟だと思うかもしれないが、皇帝を目指す者にとって一番重要なのは『強運』である。


 皇帝になる者は生涯勝ち続けなければならない運命を背負っている。些細な勝負ごとでさえ一度でも泥が付けば、皇帝の長男だろうとその息子だろうと例外なく皇位継承権を失う。


 それ故に今のジャンは失う者がなくなり、なにをしでかすか分からない状態だ。


 僕は奥歯をギリッと鳴らした。

 

 ジャン……、お前は僕に負けて廃嫡になったことへの意趣返しのつもりだろうが超えてはいけない一線を越えたぞ! 僕はお前を絶対に許さない!


『ユウ、代われ。我がやる』


 ヴァルの声が頭蓋に響く。

 その声は僕がヴァルと出会ってから最も静かで冷たいものだった。


 僕には分かる。

 魔神ヴァルヴォルグはマジでキレている。


 心臓を鷲掴みにされたような緊張感、ビリビリと伝わってくる殺気、身を焦がすほどの憤怒に全身が震える。

 僕は今、生死のきわに立っている。

 返答ひとつで僕はヴァルに魂を喰われるかもしれない。魔神という存在が人智を超えた化け物であることを改めて認識する。

 それでも僕は、こう言うしかない。


「……ダメだ。お前はあいつを殺してしまう」


『攫われたのがクラリスでも同じことが言えるのか? オレがやるからお前は引っ込んでいろと?』


「それは……」


 反論できなかった。僕なら意地でも代わるだろう。


『……ユウ、もう一度言うぞ。我と代われ……』


 魔神に二度目を言わせた、次はないぞとヴァルは警告している。


「……ぐっ」


『殺さぬと約束する。だから我と代わってくれ、頼むユウ……』


 刺すような口調が幾分柔らかくなっていた。


「ヴァル……」


 ヴァルが僕に頼んだ?

 魔神が頭を下げた、だと……。

 こいつなら力ずくで入れ替わることもできるはずだ。だけど、それをしないで僕に頼んだのだ。

 嘘は言っていない気がする。そんなつまらない嘘を魔神が付くはずない。

 僕は……、もっとヴァルのことを信頼すべきなのではないか。


「……分かった。今回はお前に任す。だけど絶対にジャンを殺しちゃダメだ、それだけは約束してくれ」


『約束する。感謝しよう』


 互いの合意と同時に僕の魂魄が内側に沈み、ヴァルの意識が表層に浮上する。

 人格が入れ替わり、右腕が赤黒い魔神の腕へと変貌していく。


 ヴァルは魔神の腕で手綱を引いて馬を止めた。馬を降りて右腕を前に突き出す。


《移動する民族トラベラーズ


 そう告げた途端、目の前の空間が歪んでいく。


 空間に出来た歪に体を通すと、そこはペルギルス王都の西に位置する商人街だった。

 日が落ち始めた商人街の酒場は一仕事終えた行商人たちで賑わっている。

 

《追跡する左眼ハンターズアイ


 石畳に馬車と思われる車輪の跡が光を帯びて浮かび上がっていく。


 車輪の跡を追っていくと商会が管理する倉庫扉の前で止まっていた。おそらくここがヘンダーソン商会の倉庫なのだ


 ヴァルは迷いなく倉庫の扉を開け放った。むわっと蒸し暑い空気が中から流れ出てくる。足を踏み入れると同時に、扉が勢いよく閉じて外から鍵が掛けられた。


 案の定といったところだ。

 ここに来る前から僕を監視するような気配を感じていた。


 今の僕はヴァルの意識下で様子をうかがうことしかできないが、暗闇に目を凝らして会長の姿を探す。


 部屋の四隅に設置された篝火に火が灯り、炎の光が庫内を照らす。

 広い倉庫の奥、少女が地べたに座らされていた。両眼を布で覆われ、手足を縛られてうつむいている。グロリア会長だ。制服は泥だらけになって汚れてしまっている。

 ここからでも見て取れる。抵抗した痕なのだろう、彼女の白い頬は赤く腫れ上がっていた。



 黒よりも黒い憤怒の炎が僕の意識を侵食していく。

 深く、深く、底なしの煮えたぎる怒りが僕の精神を汚染していく。


 ヴァル……抑えろ、僕がお前に呑み込まれそうだ……。



「くくっ……ずいぶん早かったではないか、ロイ・ナイトハルト」


 演者が舞台袖から登場するように暗闇から姿を現したのは、やはりジャン・ルード・アルぜリオン。奴はグロリア会長の隣に立った。続いて例の三人組も姿を現す。

 どいつもこいつも下卑た笑いを浮かべてやがる。



 ヴァルは何も答えず足を踏み出した。


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