第147話 知らせ
本格的な夏の到来を感じさせる強い日差しが降り注ぐ今日このごろ。僕の家にセツナが通うようになってから早一か月が経った。
なにをしに彼女が来ているかというと、もちろん剣術の修行のためだ。僕は約束通りセツナにガブリエラを剣術の先生として紹介した。
セツナを家に連れてきた僕にガブリエラは「またですの……」と眉間にしわを寄せて蔑み、クラリスからは「またなの……」と悲しそうな顔をされてしまった。
慌てて今回は違うと事情を説明した後で、セツナにも事情を説明してから僕の婚約者たちを順番に紹介する。
ケモミミがチャーミングな元メイドのクラリス。
ツンデレお嬢様に胸キュン、妹のガブリエラ。
正統派タレ目美少女、幼馴染のソフィア。
僕の愛すべき三者三葉のフィアンセたち、話がややこしくなるのでラウラとアルトのことは伏せてある。
セツナには婚約者が複数いる時点で若干引かれていたけど、妹のガブリエラを婚約者として紹介したときの彼女は、僕に対する嫌悪感を隠しきれない様子だった。
「ロイくんってそんな人だったんだ、フツーに最低だね……」と蔑まれた。
セツナの真っ当な反応に僕はやってしまったことに気付く。
ガブを〝義妹〟ではなく〝妹〟と紹介してしまったのだ。セツナの僕に対する評価が、良い人から鬼畜にまで一気に転落してしまった。
義妹なら問題がない訳ではないが、本当は弁明したかった。ガブの件もそうだが、婚約者が複数いることについても。
嫁が複数人いるなんていかにもヤ〇チンっぽい設定だ。しかしながら、実は僕はクラリスとまだ一回しかしていない。クラリス以外には一切手を出していない。接吻で子供ができると思い込んでいるガブは置いておいて、ソフィアに対してはお義父さんとの約束通り清い交際を続けている。
僕にも事情があることを毅然と説明できないのはヴァルのせいだ。
僕としてやりまくっている淫獣の噂を、セツナはまだ知らないようだが、同じクラスにいれば、いずれ彼女の耳にも届くだろう。
そのときどんな顔をされるか、考えただけでも胃がキリキリと痛み出す。元カノの蔑んだ眼は、僕の精神に大ダメージを与えることを今回の件でよく理解した。
一応フォローしておくが、ヴァルは確かにどうしようもない性欲モンスターだけど女子たちのケアは完璧にこなしている。数百いる妃たちの誰ひとりとして蔑ろにせず、区別することなく分け隔てなく愛を注いでいる。
不思議と彼女たちはヴァルを取り合うこともないし、独占しようと僕の家に押し掛けてきたことなんて一度もない。クラリスたちに接触してきたこともない。どんな魔法を使っているか知らないが、その点に限って僕はヴァルの爪の垢を煎じて飲んだ方がいいようだ。
でも、自分の爪垢なんて飲みたくないけどね。他人の爪垢はもっと嫌だ。クラリスたちの指なら喜んで舐めるけど。
さて、変態が過ぎるので話を戻そう。
セツナの剣術の腕前は、ガブリエラの指導のおかげでめきめきと上達している。
やはりガブは思っていたとおり教え方が上手い。
セツナもさすがは勇者召喚されただけあって呑み込みが早かった。彼女の評価を訂正する必要がありそうだ。もしかしたらプラチナを目指せるかもしれない。
しかし強くなればそれだけ魔王軍との戦いに巻き込まれる可能性が高くなってしまう。彼女には魔物にやられて野垂れ死んでほしくない。悩ましいところである。
そして僕はというと、相変わらずグランジスタとゼイダにボコられている。
これが彼らの本気だと思っていたその力はまだ天井ではなく、彼らは日に日にギアを上げてきているので、正直なところ自分が強くなっているのかよく分からない。
今はまだ自分の強さなんて知る必要がない。今はただがむしゃらにグランジスタとゼイダに食らいつき、彼らから吸収できる物すべてを吸収するだけだ。
すべてはアルデラを倒すために時間を費やすのだ。
休憩中に井戸から汲み上げた冷たい水を、頭からかぶって汗を流しているときだった。
「ロイッ!」
僕の元にフランクが馬を走らせてやってきた。いつも日が暮れる前にソフィアを迎えに来る彼の様子が普段と違っている。
「フランク、そんなに慌ててなにかあったのか?」
「これを!」
馬上からフランクが差し出したのは、三つ折りに折られた紙だ。
「手紙?」
「ああ、そこでお前に渡すよう変な男に頼まれたんだ。怪しかったから中を確認したら、グロリア会長が……」
言いかけたフランクから奪うように手紙を受け取った僕は中を開く。
『貴様の恋人であるグロリア・ラグデュークを返してほしければ、一人でヘンダーソン商会の七番倉庫に来い。必ず一人で来い。一人で来なかった場合、グロリアは殺す。また、日付けが変わるまでに来なければ同様に殺す。忘れるな、我々はお前は見ている』
差出人は書いてない。
「こ……これは……」
グロリア会長が誘拐された……。
「ロイ、会長を助けに行くんだろ。俺も一緒に行こう」
動揺を隠せない僕にフランクは言った。
「……ありがとう、フランク。でも、ひとりで来いって書いてある」
「しかしこれは罠だぞ! ひとりで行くのは危険だ、犯人の思う壺だ!」
「分かっている、これは僕をおびき寄せるための罠だ。だけど、助っ人の存在がバレたら会長は殺される。このことはみんなには黙っていてくれ、フランク」
僕は脅迫状を握り潰した。
「ぐっ!」
「大丈夫だよ、僕の強さはお前が一番知っているだろ?」
「ああ……、もちろんだ。だが妹を泣かせるような事態になったら承知しないぞ」
フランクの眼を見て僕はうなずいた。
「馬を借りるぞ、フランク。ソフィアたちには学校に忘れ物を取りに行ったと伝えておいてくれ」
「ロイ、会長を頼んだ」
フランクの馬に跨った僕は両足で馬の腹を蹴る。
嘶き走り出した馬上で、冷静さを保つので精一杯だった。
ラウラがユーリッドに襲われたとき、クラリスがハンスに襲われそうになったときの光景が頭を掠める。
会長……、いま助けに行きます。




