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【115万PV超】異端者アルデラの魔導書《grimoire》  作者: unnamed fighter
【第十六章】謎の刺客と謎の転校生

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第145話 彼女の希望

 彼女は僕の腕の中で泣き続け、泣き止んだのはそれからしばらく経ってからだった。今は僕に抱かれたまま鼻をすすっている。


 僕の知る浅間雪菜はプレジャーボートの転覆で行方不明になっている。僕の記憶と彼女の証言が食い違っているのは、彼女は僕と出会う前の浅間雪菜だからだ。

 つまり、この子は僕の知る彼女と過去のある時点で分岐した平行世界の浅間雪菜。

 

 僕が知っているのは自殺しなかった彼女。

 目の前にいる自殺してしまったセツナ・アサマは僕の知らない、出会わなかった彼女。


 自殺しなかったけど人格が歪んで成長してしまった彼女と、自殺してしまったけど僕の腕の中で泣いている天真爛漫な彼女、自死を選ぶのは正しいとはいえないけど、はたしてどちらが幸せなのだろうか……。


 僕は死ななくて良かったと思えるけど、彼女には彼女の事情がある。


「……わたしね、勇者なんだって」


 まだ涙声のセツナは言った。


「勇者……」


 セツナは勇者召喚されてこの世界に来た、それは今までの会話で確認できた。しかし――。


「うん、世界を救う勇者として、わたしをこっちの世界に呼び寄せたんだって教えられた。いきなり勇者なんて言われたら笑っちゃうようね……。でも、勇者としては力が弱いんだって」


「でも勇者って特別な力があるものだろ? 魔法や剣以外にはないの? 隠された特殊スキルとか」


 セツナは小さく首を振った。


「そういうのがあればまだ良かったんだろうけど……。わたしはどれも平均値くらいの力しかないみたい」


 平均値――、冒険者や騎士をベースにした平均であったとしても一般人レベルからすればすごいことなのだが、勇者は務まらない。

 教会が求めているのは魔王を倒す存在だ。


「カインの外に出てその意味が分かった。確かにわたしはみんなと比べると普通なんだなって」


「あのコミュ力は脅威だと思うけどね」 


 僕の戯言にセツナは、アハハと乾いた声で笑う。


「わたしがここにいるのだって、教会の人たちがどう処置していいか分からないから厄介払いされたんだと思う。色々調べられた後、しばらくしてからペルギルスって国の学校に入れることになった、そこの寮で暮らせるからって言われて、カインからこっちに引っ越してきたの。卒業するまでのお金は教会が出してくれるみたい」


 セツナの言う通り、彼女は体よく教会から厄介払いされたのだろう。

 勝手に召喚しておいて勇者としての力がないと分かればお払い箱。卒業までの支援金はせめてものお情けってところか。


 しかし、彼女が勇者の力を持たずに召喚された理由に原因があるとすれば、なんだ?

 なんらかの〝歪み〟が発生している?


「でもね、ここはカインにいたときよりずっと自由だし楽しい」


 彼女は眉を八の字にしたまま笑顔をみせた。


「なあ、セツナ」


「ん?」


「もしもだけど、元の世界に戻れるとしたら君は戻りたいかい?」


 僕の時空転移魔法なら彼女を元の世界に帰してあげることが出来るかもしれない。彼女がそれを望むなら力になろうと思う。


 僕の問にセツナは強く首を振って拒絶した。


「あの世界にわたしの居場所はないもん。わたしはこの世界で生きる。学校を卒業したら冒険者になってお金を稼ごうかなって思ってるんだ」


「……それはやめておいた方がいいよ」


「なんで?」


 僕に否定されたセツナは悲しそうな顔をした。


「セツナ、正直に言おう。君はそこまで強くはなれないし、一昔前なら冒険者になって安定した日銭を稼ぐことはできたけど今は違う。冒険者になれば魔王軍との戦いに巻き込まれる可能性が高くなる。キミはこの国で仕事を見つけるべきだ。それか今のうちに貴族の嫡男を虜にするとか、キミならきっと――」


 言いかけた僕の目と僕を見上げるセツナの目が合う。彼女の瞳は『絶対になる』と語っている。昔、何度も見てきた瞳だ。

 僕は溜め息を付いた。


「はぁ……分かっているよ。キミはそう言われたところでやめないんだろ?」


「はっはっは、分かっているではないか。褒めてつかわすぞ!」


 彼女は腰に手を当てて胸を張った。


 やっぱり浅間雪菜だ。こういうところはあいつと一緒だな。やると言ったら聞かない。


「剣術なら僕の妹を紹介するから彼女に習えばいい。教え方が上手いから冒険者としてやっていけるくらいには仕上げてくれるはずだ」


「ロイくんの妹? 年下でしょ?」


「会えば分かるよ」


 そう言って僕は彼女に向けて微笑んだ。思えばロイになってからセツナに素顔を見せるのはこれが初めてだ。

 僕と目が合ったセツナの顔が赤くなった気がする。


「ねえ、ロイくん。不思議だな……、やっぱりね、わたしロイくんとどこかで会った気がするんだ」


「ああ……」


 僕はセツナの手を取り一緒に立ち上がる。


「僕らはどこかの世界で出会っていたのかもしれない」






次回で第十六章は最後です。

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