第142話 コスパ
一際強い光を放つ一筋の流れ星が闇夜を駆け抜けていく光景は、未だ目に焼き付いている。
あの日に行われたはずの勇者召喚。
もし彼女がベレッタ彗星の日に転移してきた異世界人だとしたら、ただの異世界転移じゃない……。
セツナ・アサマが召喚された勇者だとでもいうのか?
けれど勇者はまだイザヤのままだ。枢機教会はなぜ新しい勇者の存在を公表しない。
なにより彼女が勇者なはずがないのだ。だって勇者は誰しも強大な力を持っているはずだ。
でも彼女の能力はどれも並だ。雷帝やイザヤと比べることすらできない。これから努力しても冒険者ならシルバー、頑張ってもゴールドが関の山だろう。
でも辻褄が合う。
『こっちの世界』という彼女のセリフも。
世間知らずなところが散見されるところも。
やって来たのが半年前だという時期も。
一時期カインに住んでいたという情報も。
彼女が勇者である可能性を示している。
さらに僕の知る浅間雪菜はプレジャーボートが転覆して行方不明になっている。行方不明になった原因は、この世界に召喚されたから? じーちゃんと同じように?
しかし彼女が行方不明になったのは二十代後半だ。今の彼女はどうみても十五、六歳にしか見えない。考えられる理由は、僕と同様に転移してきて若返ったパターン。
それでも変だ。かなり時期がズレている。
行方不明になったのは僕が禅宮游だったとき、あれから十年以上も経っている。
仮に過去からも勇者を召喚することができたら――。
どうする? 確認するか?
あなたは召喚された勇者ですかって?
聞けない。
超級召喚陣の存在は秘匿されている。僕が召喚陣について質問したことをセツナが誰かに口を滑らせたら、教会に疑われて厄介なことになる。
「どうしたの? 思いつめた顔して?」
彼女の声に僕は我に返った。
「……いや、なんでもない」
口許を抑えたまま立ち上がった僕を、セツナは目で追った。
「なにかあったら相談に乗るから、ひとりで抱え込まないように。生徒会長もセツナさんのことを心配していた」
「ありがとう。ロイくんが私を助けようとしてくれるのは、その……生徒会長さんに頼まれたから?」
そう問われた僕は言葉に詰まってしまった。
僕の嘘で彼女が元気になれるのならそれでいい。だけど、変に期待されても困るのだ。ここははっきり口にするべきだ。
「ああ、そうだよ。会長に頼まれていなかったら君と関りを持つつもりはなかった、僕はそんな酷い男さ」
仲良くなるつもりがないなら、いっそ嫌われてしまった方がいい。それが僕のためでも彼女のためでもある。
彼女は悲しそうに視線を伏せた。
「そうだよね……、最初からロイくん、わたしのこと嫌っていたもんね……。ねえ、じゃあさ、嫌われついでに聞いちゃおうかな。なんで私のことをそんな避けるの?」
「そ、それは……」
さっきとは別角度の核心を付いた質問に言葉が詰まる。
「それは?」
僕の姿を宿した黒い瞳に見つめられて、鼓動が早くなっていく。
「むかし、好きだった子に似ているから……」
気が付くと僕はそんなことを口にしていた。適当な嘘が思い付かなかった。
「え?」
セツナはキョトンと目を丸くさせた。
「僕はそいつにこっぴどい振られ方をしたんだ……」
いったい何を言っているんだ僕は……。わざわざ話さなくてもいいことなのに。
目を丸くさせていたセツナは、ぷっと吹き出して笑い出した。
「良かった……、本当に本気で嫌われている訳じゃなかったんだね」
ダメだ、彼女と話していると調子が狂う。
「ありがとう……、ロイくん」
セツナは笑った。垂れた目尻から涙が零れ落ちる。
僕は彼女の儚げなその笑顔に見惚れてしまったことを、礼拝塔で精霊神に告白し、懺悔したのだった。
◇◇◇
で、彼女の笑顔に免じて一肌脱ぐことを決めた。
あんな顔をする人間をほっておくのは不道徳だ。そして会長の言う通り、僕にはこの最悪の状況を解決する力があるのだから。
「ヴァル、セツナを虐めている女子の中にお前の妃は何人いる?」
『四人だ。彼女たちは妃でもないのに自分たちに断りなく我に接触するセツナを快く思っていない』
「それ以外は意中の男子がトンビに油揚げってことだな」
『その例えは良く分からんが、そういうことであろう』
「セツナを虐めている女子全員を篭絡できるか?」
『良いのか? 妃を増やすなと言っておったではないか』
「残念だけど一番コスパがいい方法だ」
『今度はユウが同性から嫌われることになる』
「なにを今さらだ。僕は全生徒からシカトされても受け流すことができるけど、それが出来ない人もいる」
『ふむ、良かろう。今夜中にカタを付ける』
僕は淫獣ヴァルヴォルグを檻から解き放った。




