第141話 コンタクト
なんの後ろ盾もない彼女は、あっと言う間に【いじめの包囲陣】に包囲されてしまった。
それを見かねた男子が助けると、男子に媚びを売っているとさらに女子から嫌われる悪循環を生み出す始末。どうあっても収拾が付かなくなってきたそんなある日、僕はグロリア会長に呼び出された。
「ロイくん、中途入学生のことでご相談があります」
「グロリア会長から相談を受けるなんて光栄ですが、そこはかとなく嫌な予感がします」
生徒会室のソファで僕は会長が淹れてくれた紅茶に口を付ける。
牽制するような僕の態度に、困り顔で微小を浮かべた彼女だったが、すぐに表情を戻した。
「彼女はクラスメイトたちと上手くいっていないようですね……、このままではよろしくありません。私は生徒の誰もが楽しい学院生活を送ってほしいと願っています」
「会長の願いは僕の願うところでもありますが、僕になんとかしろと言うのですか? それはいくら僕でも無理ですよ。セツナさんが自分で行動を改めるしかないです」
たぶん今からでは『時すでに遅し』だ。彼女はやりすぎてしまった。もっと早い段階で彼女を戒めてあげる人がいれば、ここまでの状況にはならなかっただろう。しかし僕も分かっていて放置していたんだから、とやかく言えない。
「ノブレス・オブリージュ、力ある者は弱き者に手を差し伸べる義務があります。あなたにはそれがあります。どうか彼女に手を差し伸べてあげてください」
静かに会長は僕の眼を見つめた。
憂い、諌めるような瞳の色で僕を見つめる。
「いや、その……他にも色々と複雑な事情がありまして……」
僕は会長の視線から逃げるように目を逸らした。
僕はセツナと接点を持ちたくない。それがたとえ間接的にでも嫌なのだ。
「お願い、ロイくん」
会長は僕の手を包み込むように握りしめた。曇りのない瞳で真っ直ぐ僕を見つめる。
ノブレス・オブリージュ、僕にはそんな崇高な物はないけど、彼女の瞳にはその精神が眩いほどに宿っている。
僕は思い出す。
この女性は僕がトリオから苛めを受けていたとき、自分の身を顧みずいつも手を差し伸べ続けてくれた。
そんな彼女に頼まれてしまったら断ることなんてできやしない。誰かのために動こうとする彼女のために、僕は動く。
どれだけ言い訳しても、やらない理由を探してみても、ここに来たときから返事は決まっていたのだ。
「……分かりました、できることはやってみます」
その後、僕は教室から姿を消したセツナを探した。
授業中でさえ居たたまれなくなってしまったのだろう。僕もここまでの状況に陥ったことはない。クラスの女子たちはセツナを徹底的に追い込むつもりのようだ。
今、彼女はどこをほっつき歩いているのか。広大なキャンパスの中から彼女を見つけ出すのは、なかなか骨が折れそうだ――、なんて長期戦を覚悟していたけど彼女はすぐに見つかった。
そこはかつて僕がいつもひとりでお昼を過ごしていた場所だ。
どうやらこの場所は負のオーラを放つ人間を吸い寄せる力があるらしい。
「セツナさん……」
ベンチに座る彼女の背後から呼びかけた。
振り返った彼女は弱々しく、とても疲れた顔をしている。
「ロイくん……、どうしてここに? 授業中だよ……」
「それはキミだって同じだろ?」
「ひょっとして探しに来てくれたの?」
セツナは捨てられた子犬のような目で僕を見つめる。
「まあ、なりゆきでね」
なるべき事務的に答え、僕は彼女の隣に腰を降ろした。
「はは、なんでだろうね……。わたしはみんなと仲良くしたいだけなのに、いつもこんな感じになっちゃうんだ……」
力のない目でセツナは遠くを見つめた。
「ひょっとして前の学校でもそうだったの?」
「……うん」
「じゃあもっと慎重になるべきだったんじゃない?」
お説教なんてしたくない。本人もそんなことは分かっているはずだ。
僕がこんなくだらない質問をしてしまうのは、きっと浅間雪菜に対する怨みが、まだ僕の中に残っているからだ。ああ、情けない。
「うん、そうなんだけどさ……。こっちの世界ならありのままの自分でいられるかなって思ったんだ……」
「こっちの……世界?」
「あ、いや、ごめん……なんでもないの、変な事言ってごめん」
セツナは慌てて手を振って、発言を取り消そうとした。
しかしそのセリフを、僕はスルーすることなんてできない。
〝こっちの世界〟とは、言葉どおり世界全体のことを指しているのか?
それとも西方大陸のことなのか?
でも、それなら〝こっち〟の後にわざわざ〝世界〟と付けるは少し違和感がある。
いや、環境そのものを〝世界〟と言い換えることもできるか。
彼女がこっちの世界で生まれたセツナ・アサマでなかったとしたら、異世界からやってきた異世界人だったとしたら――。
「セツナさんは、いつからこっちに来たの?」
僕はなんとでも受け取れる質問を投げかける。
「え? そうね……えーと」
彼女は指を折って数え始めた。
「まだ半年しか経ってないかな、こっちに来て」
「半年?」
半年前……、去年の十一月だ。僕の記憶が戻ってまだ間もない頃、そのくらいのときに大きなイベントがあった気がする。
「そうか……」僕は思わず手を口に当てた。
――思い出したぞ……。
それはクラリスと見上げた星空、四十年に一度のベレッタ彗星が飛来した月だ。
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