第138話 謎の転校生
王立グランベール学院――、そこはアルぜリオン帝国領貴族の子息子女が通う伝統ある学び舎である。
全校生徒は約三千人、多くの生徒が親元を離れて広大な学院キャンパスに建つ学生寮で暮らしている。
僕が在席する中等科一年は全部で8クラスあり、男女比はほぼ一対一だ。
帝国領では女子は十三歳から結婚できるため(男子は十六歳から)、一年進むごとに男女比が壊滅的な状況になっていく。三年生になる頃には逆ハーレムが完成することもしばしばある。
普通の女子なら焦るところだけど、逆ハーレム状態を味わいたいがために敢えて結婚しないという変わった女子も中にはいるそうだ。
気持ちは分かる。僕も同じ状況ならひとりに縛られるよりハーレムを選ぶかもしれない。
あ、今の発言はなしで……。
と、まあそんな感じで堅苦しい実家から離れた学院生活は、貴族同士の色恋沙汰を楽しむ場でもある。
特に男子にとっての最高学年である中等科三年にもなると、クラスのヒロインを中心に生徒の関係がドロドロしていて、あいつとあいつとあいつもそいつも、いつの間にか兄弟になっていたみたいに三角、四角、五角と角が増えていき、最終的に円になるなんて話を耳にする。人類皆兄弟のスモールユートピアだ。
僕のクラスはヴァルのせいで多少偏っているけど、三年に比べればまだ健全な方だ。
礼拝塔の鐘が鳴り響き、クラス担任の教師が教室に入ってきた。
起立、礼、おはようございまーす、着席。
こんな日本では当たり前の朝の光景は、この世界の学校にはない。ひょっとしたら東方大陸まで行けばあるのかもしれないけど、僕の知っている限りではない。
時間になったら担当教科の先生が教室にやって来て、他愛もない話をしてからなんとなく授業が始まる。
クラス担任も一応はいるけど、ホームルーム自体がないため担任だからといって特に何をする訳でもない。担任が担任らしいことをするのは課外授業時の引率と生徒が問題を起こしたときの対応くらいだ。
僕のクラスの担任はヘンリエッタ・リネットという女の先生でいつもオドオドしている。年齢の割には幼く見える彼女は生徒から〝リエちゃん〟と愛称で呼ばれて揶揄われて……もとい生徒たちからとても親しまれ尊敬されている。
そんな彼女が最初の授業が始まる前に教室にやってきて黒板の前に立った。こういうときは、だいたい至急の連絡があるか何かの事件が起きたときだ。
「きょ、今日はね、みんなに、新しい……お友達を、しょ、紹介します……」
開口一番に彼女はそう言った。
「え? ひょっとして中途入学ですか?」
クラスの誰かが先生に尋ねると、
「ひぃぃぃっ!」
質問されたことに驚いて先生は悲鳴をあげる。
「……は、はい……、そうです……」
彼女は終始こんな感じで口を挟むといちいち流れが止まる。そこは玉に瑕なのだが悪い人ではない。授業は丁寧だし知識も豊富、偉そうにする教師が多い中で妙に腰が低い。
新しい生徒が増えると聞いた教室では、生徒たちがガヤガヤと騒ぎ始める。
胸が大きくてカワイイ女子がいいな、お金持ちの貴族の嫡男がいいわ、そんな私欲にまみれたやり取りが交わされる。
「そ、それじゃあ……、入ってきて……」
先生が教室の外で待機している転校生を手招きすると、転校生はこつりこつりと革靴を鳴らして入ってきた。歩くたびに長い黒髪をひとつにまとめたポニーテールが揺れる。
女の子だ。
彼女は黒板の前に立ち、生徒たちに顔を向けた。ぱっちりした大きな黒い瞳に、わっと歓声が上がる。
東方出身と一目で判る顔立ちの少女、その彼女の顔を見た瞬間、僕は息を呑んだ。
正確には呼吸が停止した。たぶん心臓も一瞬止まっていた。血流が止まり、指先が冷たくなって感覚を失っていく。
僕の顔は間違いなく青ざめているだろう。
僕は彼女を知っている。僕の記憶よりずっと若いけどその顔は忘れもしない。忘れられる訳がない。
「じゃ、じゃあ……、自己紹介……してね」
「はじめまして、セツナ・アサマです。みなさんよろしくお願いします」
謎の転校生は簡単な挨拶をして、ぺこりと頭を下げた。ポニーテールも一緒にぺこりと垂れ下がる。
嘘だ……。
なぜお前がここにいる……。
いるはずがない。
お前はいてはいけない。
もう二度と、僕の前に現れるなど許してはならない。
そいつは……、彼女は……記憶よりも十ほど若いけれど、僕を騙してお金を持ち去った因縁の相手にして元カノ、浅間雪菜だった。
土曜日はおやすみします。
※新キャラクター紹介はあります。




