第136話 対決
「なんですかあなたは? いまは神聖なデート中です、連れがいるのでお引き取り願いたい」
無駄だと分かっていても交渉を試みるが、やはり男は問答無用で突っ込んできた。初速からトップスピードだ。
迎え撃つ僕の剣と男の拳が衝突する。一角の剣士はファーストコンタクトで相手の力量を推し量ることができる。
やばい……こいつ、とんでもなく強い!?
相当の手練、おそらくグランジスタと同格、勝てる見込みの薄い相手に僕は怯むことなく二撃、三撃、四撃目と繋げていく。相手に反撃する暇を与えない。途切れることなく繰り出す僕の剣が拳で弾き返されていく。十を数える前に押され始めた。
もっと回転を上げないとやられる。敵からソフィアを離さないと全力で戦えない。
「ソフィア逃げろ!」
僕は背後のソフィアに向かって叫んだ。
「で、でも……」
「早く行くんだ! 頼む!」
僕は男を引き付けながら走り出した。
追って来る。やはり狙いは僕か……、しかしなぜ僕の命を狙う?
遠ざかるソフィアの背中が見えた。
僕が視線をほんの僅かに移動させたその隙を、男は見逃さなかった。刹那に生まれた間隙、男の打撃が僕の剣を掻い潜り、衝撃が全身を貫いた。圧倒的な暴力によって吹き飛ばされた体が針葉樹の幹に激突する。
「がはッ!」
背中に激痛が走る。打撃が当たる寸前で防御に使った左腕の骨が折れていた。
精霊アニマの加護で骨折を治して林の中へ逃げ込む。僕の後を男は追ってきた。
一定の距離を保ちながら、できるだけソフィアから離れようなんて考えていたら男はとんでもなく速かった。
ものの数秒で追いつかれてしまう。
逃げるのは無理だ。踵を返した僕は剣を中段に構えた。
――いない!
男は僕の視界から姿を消していた。
「ただで済むなと思うなよ」背後から男の低い声。
動きを読まれていた。上体を捻って男の蹴りを躱すが、つま先が額を掠める。避けた額の傷から血しぶきが迸った。
「っ……僕は、あなたの怨みを買うようなことをしましたか?」
僕は目に入った血を拭う。
「とぼけるな、お前がオレのひ孫を奴隷商から買った人族だってことは分かっている。お前の体から漂ってくるその匂い……、オレの鼻は誤魔化せんぞ。クラリスはどこだ小僧!」
ク、クラリスだって!?
男は目深にかぶっていたフードを取った。そこから現れたのは狼の顔、獣人族のウェアウルフである。
しかも――、
「あ、あなたは……」
ゼイダ・ラファガルド!!
クラリスがゼイダのひ孫だと? そんなの初耳だ! 確かにクラリスから名字を聞いたことはない。特に知る必要もないから僕からは聞かなかったし、彼女も言わなかった。
じゃ、じゃあ僕が攻撃を受けている理由、それはゼイダが奴隷になったクラリスを助けに来たってことか!?
「それは誤解です! 僕は――」
「言いたいことがあるなら拳で語れ」
弁明は遮られた。ゼイダは聞く耳を持たない。どうやっても戦闘回避はできそうにない。
「くっ……」
――いや、これはチャンスだ。ゼイダ相手にどこまで通用するか分からないけど、本気の強者と戦闘経験を積む機会だ。ゼイダは本気で僕を殺そうとしている。グランジスタのときと違って死ぬ気で戦わないとマジで死ぬ。
ゼイダを殺す気で戦え! それじゃ足りない! 彼を殺すんだ!
僕は腰に差していた短剣グラディウスを抜いて二刀で構えなおした。
「僕はあなたを殺します」
「変わった小僧だ……、殺そうとする相手にいちいち宣言するなんてよ」
「いきます!」
本気の本気、全力だ! 雄叫びを上げた僕はゼイダに向かって疾走する。
――グランジスタ直伝ナイトハルト流奥義《無限回廊》
風の精霊を体内に宿した瞬間、全身にブーストが掛かる。何倍にも加速した連撃がゼイダに豪雨のように降り注ぐ。
ゼイダは防戦一方だが僕の剣は彼の体に通らない。すべて弾き返されている。強化魔法ではなく単純な肉体強化、単純だからこそ厄介。それでも同じところを何度も切りつければ防御を突破できる!
「ぬうッ!?」
ゼイダが唸った。彼の皮膚に線状の切り傷が刻まれていく。
ゼイダは溜まらず後方に飛んだ。僕は逃がすまいと追撃する。距離を詰めようとした瞬間、ゼイダが掌底を放った。衝撃波が体を貫き、同時に激しく燃え上がる。
「ッ!」
身体が燃えている!? 体の表面だけじゃない。筋肉の深部から熱が放出している。皮膚の下から燃え上がっている!? 水だ! 急いでウンディーネの加護を!
ダメだ、喉と舌が焼けて詠唱できない! その前に呼吸だ! 治癒を! 精霊の加護が切れたその瞬間に窒息する! このままじゃ死ぬ――。
夜に新キャラの紹介を挟む予定です。




