第135話 襲撃
放課後の帰り道、僕はフランクの妹のソフィアと牧歌的な農道を歩いている。
剣術大会で優勝してから週に二回はソフィアを学校から家まで送り届けて、そのまま彼女の家でお茶をして帰るようになってから早二か月が経過した。
彼女の家といえばアークライト流の当主の家でもある。
ナイトハルトとは長年のライバル関係にあるごりごりの武闘派組織だ。国の軍備にも大きく関わっている。
だからナイトハルトの息子である僕が初めて挨拶に行ったときは生きた心地がしなかった。
アークライト家の敷地には本道場があって血の気の荒い剣士がわんさかいる。敵陣に単身で潜入するようなものだった。
実際、僕は屋敷の外でアークライト門下の十数人にとり囲まれた。突然訳の分からない因縁を付けてきたかと思ったら一斉に剣を抜いてきたのだ。フランクが助けに来てくれてなければガチなバトルになっていたと思う。
彼から聞いた話では門下の者にとってソフィアはアイドル的な存在だったようだ。内々で誰が彼女に相応しい男か競い合っていたらしい。
そんな彼らをあざ笑うように横から鳶に油揚げをかっさわられてしまった訳で、怒りに狂う彼らにとって僕を殺るまたとないチャンスと待ち構えていたのである。
フランクに護衛してもらいながら、僕は当主であるアークライト準男爵に会って挨拶を済ませた。
準男爵は、物静かで清流のように淀みないオーラを纏った人物だった。
娘が惚れた相手ならどんな男でも文句は言わない。ただ正式に結婚するまでは清い交際をしなさいと彼は諭すように僕に告げた。
剣術大家の当主と思えないほど考え方が柔軟で口調も温和、懐が大きくて実に立派な人物だと僕は感銘を受けた。思わず先走って「お義父さん」と呼んでしまいそうになった。
我が旧父、ダリアと人としての器を比べてしまうとナイトハルト流の行く末が心配である。
父親と同じく物静かなソフィアは自分から話題を振ってくることはなく、ほとんど僕がひとりでしゃべっている。
小さい頃にフランクと野良稽古していたときも、彼女は少し離れた場所で僕らのことを静かに眺めていたことを思い出す。
そういえば僕はソフィアの前でカッコイイところを見せたくて、剣術の稽古を頑張っていたのだ。初めに強くなろうとした動機は彼女だった。
僕にとって彼女は初恋の相手だった。
僕がフランクの腕を切り落としてしまった後、彼女は失意の僕の元へお見舞いに行きたかったが、兄から会うことを禁じられて、会いに行くことが叶わなかったと彼女は言った。
会えない間もソフィアは僕のことを一途に想ってくれていたのだ。
そんな彼女の想いを知らずに僕は、フランクとの約束を忘れていたうえに彼女との交際を断ろうとしてしまった。
サイテーだ。
こんな最低な僕だけど、僕がソフィアにしてあげられることは失った時間の埋め合わせをして、愛情をたくさん注いであげることだと思う。
僕が隣を歩くソフィアの手をそっと握って手を繋ぐと、頬を赤く染めた彼女は淑やかにうつむいた。
ピュアな反応がめちゃくちゃ可愛い。しかしこんなところを仮にラウラに見られたら僕は切り刻まれてしまうだろう。
ん? 待てよ、ひょっとしたらこれで転生したラウラをおびき寄せられるかもしれない。
これはなかなか良い作戦ではないだろうか……。嫉妬で感情を揺さぶる。ラウラならもしかしたら反応を示すかもしれない。
ラウラの転生体と思しき人物を見つけたとこときに試してみる価値はありそうだ。
僕は天才か!?
……いや、やっぱりダメだ。そのために彼女たちを利用するなんてできない。やって良いことと悪いことがある。僕は彼女たちに誠実でなくてはならない。そう、アークライトの当主のように。
「……ん?」
異変を感じ取った僕は立ち止まる。
「どうかしましたか?」
ソフィアが僕を見て首をかしげた。
「殺気だ……」
「さっき?」
「ソフィア、僕から離れないで」
僕は腰の剣を抜いてソフィアを背後に回す。
誰だ? アークライトの門下生か? こんなエッジの効いた殺気は生まれて初めてだ。確実に僕を狙って殺しにきている。一直線にこっちに向かってくる。
こんな強烈な殺意を隠しもせずに近づいてくるなんて、僕に存在がバレても問題ないということなのか? これじゃまるで獣だ。
林の中から飛び出してきたのはフード付きの外套を着たガタイの良い獣人だった。ローブの上からでも盛り上がった筋肉が見て取れる。
フードの下からのぞく肉食獣の口をグルルと唸らせた。
刃物の類は持ってなさそうだ。ファイターということか? それとも暗器使いか?
僕は腰を屈めて臨戦態勢に入る。




