第134話 決着
剣術大会の審判は枢機教会の神官であり、治癒魔法が使える者の中から選ばれる。その理由は傷を受けた生徒を即座に治療するためだ。木剣での試合とはいえ、当たり所が悪ければ致命傷になり、僅かな遅れが命を左右することもある。
審判は皇子を負けさせないために治癒魔法を施した。明確なルール違反だけど問題はそこではなく、今ので倒れていた方が殿下のためには良かったということだ。
神官は本当に余計な真似をしてくれた。誰が見ても実力差は歴然だ。これ以上やっても彼が苦しむだけだ。
「殿下、グロリア会長を侮辱したことを謝罪してください」
正直なところ殿下が苦しもうが僕は一向に構わない。ただ一言、謝罪さえしてくれたら降参したって良いと思っていたが、フランクとの約束を守るためにそれも叶わなくなった。
「どブスを、どブスといって何が悪い……、あんな行き遅れた娘などなんの価値もない!」
吐き捨てた殿下は小馬鹿するようにあざ笑う。
僕の体の深部で再び憤怒の炎が灯る。ヴァルを抑えておくのも限界だ。ジャンを黙らせるためにも一刻も早くケリを付ける。
「分かりました殿下、次で終わらせます。これ以上、殿下にしゃべらすのは危険だ。魔神が暴走する」
「はあ? なにを訳の分からぬことを言っているッ!!」
ジャンは剣を振り上げて突っ込んできた。
僕はナイトハルト流闘術《堅牢要塞》で拳を強化、眼前に迫るジャンの木剣を拳でへし折り、そのままジャンの顔面をぶん殴った。
グシャリッと傲慢な高い鼻が潰れ、殿下の体がコロッセオに沈んだ。
歓声はない。時が止まったかのように静まり返っている。
皇族が負けるのなんてあってはならない。
目の前で起こった大事件に誰も彼もが思考を停止させる中、唯一動いた人物がいた。最上階のVIP席から立ち上がった皇帝がマントを翻す姿が見えた。
「審判さん、早く勝利宣言を」
「しょ、勝者……、ロイ・ナイトハルト……」
審判が僕の勝利を宣言しても拍手はなかった。
貴族たちの顔は青ざめているが、試合を観るために集まった一般民衆はまんざらでもなさそうだ。皇子の横暴な振る舞いに辟易していたに違いない。スカッとしたぜって顔をしている。彼らが歓声をあげて喜べないのは不敬罪として処罰される危険があるからだ。
それから休憩を挟んで決勝戦が始まった。
決勝の相手はすべて一撃で勝ち上がってきたアークライト流剣術当主の息子、フランク・アークライト。幼少期を共に過ごし、剣の腕を競い合った親友だ。
会うのはあの日以来、彼は三年前の雪辱を果たすため剣を振り続けてきた。準決勝での彼の戦いを見ていたが、王国の騎士長でも彼には歯が立たないだろう。
グランジスタに鍛えられているからといえ、僕のブランクは否めない。厳しい戦いになる。
光のアークライトと闇のナイトハルト、二大流派の雌雄を決する因縁の戦いに観衆たちはジャンのことなどすっかり忘れて盛り上がった。
数十分にも及ぶ激闘の末、紙一重で僕が勝利して優勝を飾る。
フランクと固い握手を交わした僕は、本当の意味でトラウマから解放された。
「くそ……悔しいが俺の負けだ。お前はあの頃よりさらに強くなっていた」
「いや、どっちが勝ってもおかしくなかったよ。ギリギリだったと思う」
お世辞でも謙遜でもない。実際、フランクの最後の一撃を上手くいなせたのは偶然だ。タイミングが少しズレていれば、結果は逆になっていた。
「中等科の大会で勝った方がもらうという約束だったな……」
「約束? もらう?」
「忘れたとは言わせないぞ。俺が勝ったらお前の妹、ガブリエラを俺の嫁としてもらう。お前が勝ったら俺の妹、ソフィアを嫁がせると約束しただろ?」
そう問われた僕は幼き日々の記憶を探る。モクモクと頭の片隅に蘇ってきたのは、正にそんなやりとりだった。
「あ……」
したーっ! たしかに約束したーっ! 互いの妹の了承も得ないで勝手に優勝賞品にしたんだ! まだ子どもだったといえ、僕たちは妹たちを賭けの対象にしていた! 中等科の大会で勝った方がもらうって約束した!
「いやいやいや! それは昔のことだから! もう時効で無効だから! 確かに約束したけど妹を賭けの対象にするなんて良くないから!」
「貴様! 俺の妹じゃ不満だというのか!? 許さんぞ!」
「違う! そういう意味じゃないんだ! 確かにお前の妹は可愛かった! おしとやかで僕の好みにドンピシャだ! だけど無理なものは無理なんだ!」
「なにが無理か俺が納得のいく説明をしろ!」
「ぐぅ……。ぼ、僕はすでに婚約している」
「なんだと!? ソフィアという許嫁にも等しい存在がいながら婚約したというのか!?」
「すまない……、そういう理由なんだ」
「くっ……、俺は妹を賭けの対象にしていることを本人に告げている。そしてあいつは今日のこの日まで待ち続けたんだ。自分がした約束で妹を待たせておいて俺の口からそんなひどいことは言えない!」
ぐさりーっ!
「それでも僕は謝罪しかできない……。安易に約束してしまったけど、あのときの僕は確かに本気だったとソフィアに伝えてくれ。お前には迷惑を掛ける……、本当にすまない」
僕は日本式に深く頭を下げた。なんだったら土下座してもいい。
「……妹が認めればいいんだな?」
「……は?」
「あいつの心はとっくに決まっていたんだ」
「へ?」
「ソフィアはお前に惚れている。俺とお前とソフィア、三人で遊んでいたあのときからずっとだ。あいつはお前がこの日のために再び剣を取ると誰よりも信じていた」
フランクはスタンドを指さした。その指先が示す方にちらりと目を向ける。
最前列の席で僕らのやりとりを見守る少女がいた。ふわゆるの銀髪、そのおっとりした瞳は不安げだ。祈るように手を合わせて組む少女がこちらを見ている。彼女こそソフィア・アークライト、その人だ。
めっちゃ美人に成長してるぅーっ!?
「そして俺は今日の大会が終わるまでソフィアがお前と会うことを禁じていた!」
ぐさぐさぁっ!!
「俺は妹を説得する。だからお前は自分の婚約者を説得しろ」
「う、うう……。実はまだ問題があるんだ」
「なんだ? この際だ、洗いざらい話してしまえ」
「婚約者は四人いる」
「なっ……」
フランクは空いた口が塞がらないようだ。
◇◇◇
二日後、フランクから連絡があった。
なんとソフィアは了承したそうだ。四人も婚約者がいるのにそんな馬鹿なと思った。
ソフィアにぶん殴られる覚悟だった僕は、動転してフランクからの手紙を持ったまま椅子から転げ落ちてしまった。
本当にいいのかフランクを介してもう一度確認させると、ソフィアは「この国の国是でもあります」と回答したそうだ。
実は富国強兵を掲げるペルギルス王国では、古い時代に多夫多妻というトチ狂った制度があった。財力がある者はいくらでも夫や妻を増やすことができる。要するにどんどん子供をつくれという政策である。
時代と共に廃れた制度だけど、現在も配偶者の意向次第で重婚は認められている。
ちなみにヴァルはソフィアに手を出していなかった。理由を訊いてみたら僕と彼女をつなぐ因果を感じたとのこと。となると、もうこうなる運命だったと割り切るしかない。
あとはクラリスとガブリエラの同意を得る必要がある。
さてさて、これは一波乱あるぞと意気込んで望んだのだが、二人から「何を今さら……」と冷たい眼で「へっ……」と鼻で嗤われた。
彼氏としても兄としても僕に威厳なんてなかったのである。
信用は完全に失墜したけど一件落着だ。
ソフィアは僕と婚約する条件として、結婚は学校を卒業してからと父親と約束したそうだ。
まっとうな親御さんで安心したけど、それだと不平等になってしまうので最低でも週に二回、僕は彼女の家に遊びに行くことにした。同様に彼女も僕の家に遊びに来て、クラリスやガブリエラと親交を深めている。
僕が彼女たちと清い交際している裏で、ヴァルは僕の身体で奔放に遊びまくっている。
相棒が禁欲を強いられているにも関わらず、あいつは気にせずやりまくっている。
さすがの僕も魔神に殺意を覚えたのだった。
――はッ!? そういえば、こいつちゃんと避妊してるのか!?
to be Continued.
第十五章【オジキの帰還】はいかがだったでしょうか?
次回予告、第十六章【謎の刺客と謎の転校生】は来週の中頃に投稿予定です。
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