第133話 親友
「まさかお前みたいなボンクラがここまで勝ち残るとはな。腐ってもナイトハルトということか」
殿下は小馬鹿にするよう口調と目つきで僕を蔑む。
早くも勝ち誇る彼に僕は肩をすくめた。
「そこは『さすが俺が見込んだ男だ』と言ってほしいところですね」
「ふん、相変わらずふざけた野郎だ。この学院で俺にそんな生意気な口を聞けるのはお前くらいだ、そこは褒めてやる」
「殿下、退学勧告を取り下げてくれたことに感謝します。おかげで嫌がらせもなくなりました」
「別にお前のためではない。俺も頭に血が昇ってあんなこと言ってしまったが、冷静になって考えればそれでは面白くないではないか。この俺をコケにした代償として退学では軽すぎる。すべてはこの日に、この場で俺自らがお前に制裁を加えて、無惨な姿を晒させるために敢えて退学させなかった」
くつくつと殿下は笑う。
「ふむ、さきほどの御言葉とは裏腹に殿下は僕が決勝まで残ると確信していたのですね。ああ、そんなにねっとり執心されるとゾクゾクしちゃいますよ」
僕の軽口に殿下は忌々しげに舌を打った。
「……貴様のその余裕ツラが気に喰わん。しかしこれは精霊に誓いを立てた正当な決闘だ。手加減はいらないぞ、本気で掛かってこい」
いやはや、こいつは本気で自分が強いと思い込んでいるようだ。まあしかし、対戦相手が揃いも揃って役者で迫真の演技だったからしょうがあるまい。
普通に闘えば僕の圧勝だけど、やはりそれはそれで面倒なことになる。
皇子を大衆の前、ましてや皇帝の見ている前でブチのめしたら、僕だけじゃなくて家族の立場も危うくなる。攻撃の対象になりかねない。
爵位を剝奪されるとかはどうだっていいけど、クラリスとガブリエラにまで危害が及ぶのは避けたい。帝国が相手となると僕だけじゃ彼女たちを守り切れない。
となると、殿下を気持ちよく勝たせるのがスマートな選択だ。負けるのは嫌だけどこれは高度な政治的な判断だ。戦略的撤退である。
「それにしても、貴様もあんなドブスを相手にするのは、さぞ大変であろう」
憐れむようにジャンは言った。
「どブス?」
僕は聞き返す。
「あいつだ、なんと言ったか……お前をよく庇っていた――そうそう、ラグデューク家の娘だ。あんな女の相手をできるなんて感心を通り越して実に憐れだ」
さすがにこれには温厚な僕もカッチーンと来てしまった。
「は?」
グロリア会長は美人だし性格も良い。文武両道でスタイルが良くて非の打ち所がない聖女だ。そんな彼女がどブスだと?
そして僕以上にプッツンしているヤツが僕の中にいる。煮えたぎるほどの憤怒が蠢いているのを感じる。
マジでやばい……これは抑えられない。気を抜けば体の占有権を奪われる。
『ユウ、我はこいつを殺すことに決めたぞ』
「殺すのはダメだ」
『却下だ。我が妃を愚弄した罰は死を持って償ってもらう』
「皇子を殺すことはできない。人間社会にはルールがあるんだ。それに今のあいつの相手は僕だ。優先権は僕にある」
「なにをボソボソと呟いている? 恐怖のあまり気でもふれたか?」
ヴァルを納得させるには殿下をボコるしかない。だけどそれをやってしまえば僕の大切な人たちを危険に晒すことになる。
「ロイぃぃぃぃぃぃッ!」
スタンドから僕の名を叫んだ少年に観衆の視線が集まった。
そいつの名はアークライト流剣術当主の息子、フランク・アークライト。かつて僕が初等科剣術大会で腕を斬り落とした相手。ライバルであり、僕の数少ない男友達であり、そして親友だ。
「ロイ、皇子が相手だからって手を抜いたら許さないぞ! 俺はお前と決勝で闘うために勝ち上がってきた! 俺を失望させるな! 権力に屈するな! 神聖な決闘の地を汚すヤツは騎士じゃない! 剣士じゃない! 貴族でもない! 剣士なら、騎士なら、貴族ならば勝って俺と闘え!」
僕は知っている。フランクが今まで僕に会わなかったのはすべてこの日のためだ。彼は僕に勝つためだけに鍛錬を続けてきた。
そんなあいつの努力と皇族にも怯まない覚悟を踏みにじる訳にはいかない。
「なんだあの無礼な男は?」
スタンド席のフランクに皇子は顔をしかめた。
思わず僕は口許を緩ませる。
「そういうことだヴァル、僕には皇子と戦う理由がある」
『生温い制裁であれば許さんぞ?』
「お前が納得できるかは分からないけど善処する」
僕は再び殿下と向かい合う。
「殿下、グロリア会長がブスだって言いましたね?」
「それがどうした? どブスをどブスと言って何が悪い?」
「ふざけるんじゃねぇ! あんな良い女はこの世界でも数えるほどしかいねぇんだよ! このトンチキがッ!」
怒号に皇子は眼を見開いた。彼は怒りで体を震わせる。
「この俺にふざけるな……だと?」
「いいから掛かって来い」
「貴様は殺すことに決めたぞ、ロイ・ナイトハルト!」
木剣を振り上げて皇子が突っ込んできた。単純な攻撃だ。いくらでも躱すことはできる。だけど僕は迎え撃った。皇子の攻撃に合わせて木剣と木剣が衝突した瞬間、僕の剣が砕け散る。
――なにッ!?
ジャンの振り落とした木剣を避けきれず頭を掠める。鈍い音が頭蓋に響き、視界が激しく揺れる。
たまらず僕は後ろに跳んで距離を取った。こめかみ辺りから血が滴り落ちていく。
「ほう? 俺のパワーに剣が耐えられなかったようだな」
そうじゃない。最初から木剣が壊れるように細工されていたのだ。こんな単純な手に気付かなかったなんてコロッセオのどこかで観ている叔父上に後で叱られる。
こめかみを手で抑えると、生暖かいぬるりとした血の感触があった。
大丈夫だ、傷は浅い。
治癒魔法を掛けたいところだが、公平性を保つために魔法の使用は禁止されている。
あらぬ疑いを掛けられないために僕はすぐに頭から手を離した。
「新しい剣と取り換えるまで待ってやる。このまま終わりではつまらないからな」
「いいえ、このままで十分です」
柄しか残っていない木剣を握り直して僕が言い放つと、ジャンの顔が沸騰する。
「いつまでも舐めた態度を! 死ねえ!!」
馬鹿のひとつ覚えでジャンは突っ込んできた。今度は迎え撃つのではなく、剣を躱した僕はジャンの懐に潜り込み、強烈なレバーブローをお見舞いする。
「ぐはっ!?」
膝が崩れ落ちてその場にうずくまるジャンに審判が駆け寄る。
「くそ……、余計な真似を……」
そう呟いて、何事もなかったようにジャンは立ち上がった。
僕の目は誤魔化せない。それどころかスタンドの誰一人の目も誤魔化せていないだろう。
審判が治癒魔法を使ってジャンのダメージを癒したのだ。
おはようございます。朝は涼しいですねアスノです。
次回で十五章は完結となります。キャラクター紹介を挟み、明日、投稿予定です。
よろしくお願いします(・ワ・)




