第132話 中等科剣術大会
僕は中等科に進級した。
クラスは基本的に初等科からスライドされるため、僕を取り巻く環境は変わっていない。
イジメは完全になくなったけど、ジャン皇子とは仲直りできずにいる。彼なら強制退学に追い込むことができるのにそうしないのは、まだ僕に未練があるだろうか。
なんてね、きっとどうでもよくなったのだろう。
そんなこんなで進級から一ヶ月が経ち、新学期の一大イベントが先週から始まっている。
初等科と中等科の剣術大会だ。
初等科は一年から三年、四年から六年に別れ、中等科は一年から三年までが同じトーナメントで行われる。
規模の大きい運動会みたいなものだが、コロッセオで行われる正式な決闘として位置付けられている。
もちろん命の奪い合いはしない。勝負が付いたと審判が判断した場合や相手が「まいった」と宣言すれば試合終了となる。
このイベントには貴族だけでなく、周辺国から多くの娯楽に飢えた一般民衆が観客として押し寄せる。
今回の剣術大会にはアルゼリオン皇帝も来賓として招かれているため、物々しい警備の中で開催された。
皇帝は開会式のときに、コロッセオのVIP席から帝国領民の地響きのような歓声に答えて姿を見せていた。
主役である出場選手の生徒たちは言わば国の代表だ。国の威信と貴族の面子が掛かっており、自国の要人と親族、各国の民衆が観ている前で無様を晒す訳にはいかない。
さらに各国の文官や武官たちは自国のみならず、将来有望または脅威となる人材をチェックする機会でもある。
この剣術大会は帝国領内国家闘争の縮図なのだ。
そうは言っても階級社会、選手同士の忖度は当然ある。
初等科はわりとガチだが、中等科生になればその辺はちゃんとわきまえているし、やってはいけない一線というものを心得ている。
案の定、ジャン皇子は無傷で準決勝まで勝ち上がってきた。
相手選手にも面子があるため、あっさり負けるわけにはいかずに出来るだけ善戦を演じる。
ある程度互角に戦い、たまに押し返したりしながら殿下のピンチを演出して最後はきっちり殿下の一撃を受けて敗れるという剣闘ショーを演じるのだ。
気付いていないのは忖度を受けている殿下のみ。
まさに裸のオーサマだ。
出来レースであることは会場の誰もが理解しているため、殿下に敗れても選手が咎められることはない。むしろ良くやったと当主からお褒めのお言葉と熱い抱擁が彼らを待っている。
そして同じく準決勝まで僕も勝ち上がっている。こっちは忖度どころか、本気で僕を殺そうとしてくる輩ばかりを相手にしてきた。
僕は相当強い怨みを買っているようだ。しかし彼らから怨みや妬み、嫉みを買うようなことはしていない。
――あくまで僕はね。
もちろん淫獣のせいである。ヴァルが見境なく女生徒に手を出しまくっているせいで本来ならば均等に分配されるはずの富(女子)が僕に偏ってしまっている。
これで怒らない男子はいない。
そんな訳で僕はヴァルに向かうべき憎しみを一身に受けて、怒りに燃える彼らを撃ち下さなければならなかった。これはこれで心が痛む。
さらに元来、剣士の素質があってグランジスタに鍛えられている僕の相手になるはずもなく、特に苦労することもなく準決勝まで駆け上がってしまった。
もちろん彼らが弱い訳ではない。彼らもどこかしらの剣術流派に所属し、それなりの段位を持っている実力者ばかりだ。しかし、それはあくまで習い事レベルの話であり、レベル的には剣士クラスの冒険者でいえばアイアンより下の『駆け出し』が良いところだろう。
僕の快進撃に旧父であるダリアは面白くないといった顔をしていたし、継母もハンケチを口に咥えて悔しがっていた。
あんたたちはそんなに息子がボコボコになる姿が観たかったのかい? しょーもな……。
ちなみに数日前に行われた初等科の剣術大会で、ガブリエラが準決勝までコマを進めたとき、継母は歓喜のあまり号泣していた。
準決勝で惜しくもアークライト流の剣士に敗退したが、その剣士が決勝では相手を一撃で倒して優勝したので、ガブと闘った準決勝が事実上の決勝戦であったことは間違いない。
件のアークライト流はペルギルス王国ではナイトハルト流と並ぶ二大流派と呼ばれている。
双方の戦闘スタイルは真逆であり、アークライト流は一撃に重きを置き、ナイトハルト流は連撃を主体とする。
巷では光のアークライト、闇のナイトハルトなんて呼ばれることもあるが、ただ語呂が良いだけでその呼称自体に意味はない。
闇という単語が陰険なイメージを連想させるのか、ナイトハルトの門下生はそう呼ばれることを嫌っている。僕はダークヒーローっぽくてカッコイイと思うんだけど身内ではマイノリティのようだ。
ふっふっふ、我こそ闇を司りし漆黒のロイ・ナイトハルトなり……。
ほらね、めちゃくちゃカッコいいじゃん。
んで、僕は現在、コロッセオの真ん中でジャン皇子と向かい合って立っている。
審判から木剣が手渡されてルールの説明が行われた後、精霊に誓いを立てて試合が始まった。




