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【115万PV超】異端者アルデラの魔導書《grimoire》  作者: unnamed fighter
【第十五章】オジキの帰還

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第127話 模擬試合

 降りかかる受難と数々の問題を抱えたまま年を越して新年を迎えた。

 季節が冬から春へと移り変わろうとする今日この頃、ナイトハルト家の英雄である叔父、グランジスタ・ナイトハルトが帝国から戻ってくる。


 剣術師範として約十年もの間、帝国の騎士たちを鍛えてきた彼は、その役目を弟子に譲り故郷へ帰ってくるのだ。


 彼の帰還に合わせてパーティーが催されるナイトハルト家では、その準備で前日から慌ただしかった。

 屋敷には大勢の貴族をはじめ王族も訪れる。ダリアはこの日のためにわざわざサロン用の別邸を増築したくらいだ。気合の入り方が違う。


 使用人たちだけでは手が足りず、王都で仕官している兄たちも応援に駆け付けて準備を進めている。


 僕は久しぶりに会う兄たちとの再会を喜びながら彼らと一緒に買い出しや掃除を手伝った。上の兄たちはハンスと違って小さい頃から僕を可愛がってくれた。失意の僕を残して家を離れることを悔やんでいた彼らは、立ち直った僕の姿を見て心から喜んでくれた。


 そして当日を迎え、付き人も連れずにふらりと帰って来たグランジスタを迎えてパーティーが始まる。

 宮廷演奏家を招いた生演奏、豪華な料理が次々とテーブルに運ばれ、来賓の王族や貴族たちが高価なワインに酔いしれる。


 僕も正装で参加している。この日ばかりは父上も継母も僕を除け者にするようなことはなかった。


 グランジスタは途切れることなく常にたくさんの人に囲まれていて、立場の低い僕は遠目から眺めることしかできない。

 彼はアイザムの街で会ったときと変わっていない。五十を超えても若々しさを保っている。


「みなさん、ここで余興を」


 宴もたけなわになったところで、父上が大げさな手振りでみんなの注目を集めた。


「我が息子ロイが兼ねてから弟グランジスタと手合わせしたいと申しておりまして、この場で模擬試合をさせていただきたいと思います」


 はて? 模擬試合? そんな話は聞いてないけど。


 突然始まった余興に貴族たちの目の色が変わる。

 ナイトハルトの息子が英雄に挑む。グランベール学院の剣術大会で優勝した少年は、どこまでグランジスタに迫れることができるのか、期待する視線が僕に向けられる。

 こういったゴシップ的なイベントが彼らの大好物であることをダリアは熟知している。眉根を寄せるのはハンス以外の兄たちだ。兄たちは困惑した顔で互いを見合わせている。


 来客たちが壁側に移動すると部屋の中央に空間が生まれ、即席の闘技場が完成した。有無を言わさず僕の手を引いてステージに上げた父上は、木剣を渡す際に小声で言った。


「近頃のお前の行動は目に余るものがある。グランジスタに打たれて反省しろ」


 父上の冷たい眼が「痛い目を見ろ」と語っている。


 ああ、なんてことだ。この父親は自分の息子が貴族たちの前で無様にボコボコにやられるのを期待しているのだ。

 実の弟を利用してまで僕を叩きのめそうとしている。

 子どものしつけがしたいなら自分でやればいいのに、彼がそうしない理由には見当が付く。

 ナイトハルト流剣術当主はあろうことか息子に負けるのが怖いのだ。トラウマを克服してかつてのロイに戻りつつある僕を恐れている。


 でも、これは願ったり叶ったりの状況だ。グランジスタと手合わせすれば今の自分の力を図ることができる。ピークを過ぎた彼に一矢報いることさえできねばアルデラになんて到底勝てやしない。


 グランジスタはやれやれと頭を掻いた。どうやら彼もこの余興について聞かされていなかったようだ。

 それでも僕に戦う意思があると思ったのだろう。使用人から木剣を受け取り、僕らは対峙する。

 グランジスタが力を抜いているのは一目瞭然だ。僕を舐めているのではなく、こんなイベントに本気になれないのだと思う。


 でも彼に本気になってもらわなければ僕が困る。


「父上……、試合の前に確認したいことがあります」


 僕とグランジスタの間に立つレフリー役の父上を呼んだ。


「どうした? まさか怖気づいたのか? あれだけグランジスタと闘ってみたいと切望していたではないか。あの《旋風》の胸を借りられるまたとないチャンスだぞ」


 父上の口角が釣り上がり、いやらしくほくそ笑む。


「ええ、その通りです。だけど胸を借りるのではなく別に倒してしまっても構わないのでしょうか?」


 僕が放ったセリフに場の空気が凍り付いた。

 誰も彼もが元準勇者相手に大口を叩いた畏れ知らずの少年に開いた口が塞がらない。

 

 分かっている。これは盛大な負けフラグ、今の僕ではグランジスタに勝てない。だけど生半可な戦いでは意味がないのだ。


 グランジスタのまとうう空気が変わった。ヒリつく緊張感が辺りを覆っていく。


「いい度胸だ、確かロイって言ったか? 会うのは初めてだったな」


「初めまして叔父上殿、ロイ・ナイトハルトと申します」


 帝国騎士礼に準じて僕は右手を胸に当てる。


「挨拶なんてどうでもいい。俺を倒すんだろ? 相手をしてやる、来な」


 先手必勝、開始の合図を待たずに走り出した僕はグランジスタに斬りかかった。

 一撃目は空を切る。間髪入れずに放った二撃目も躱される。僕は手を止めない。連撃を繰り出していく。

 さすがに正攻法では掠るどころか当たりもしない。甘い踏み込にはグランジスタの反撃が返って来る。


 前世で僕はグランジスタの一撃を受けたことがある。あのときは彼の太刀筋すら見えなかったけど、今は視える。避けられる。

 それでも彼が手加減していることは分かる。まだ様子見だ。彼は戦いの中で僕をどうやって成長させるか考えながら剣を振っている。導こうとしている。

 でも、それじゃあダメなんだ。


《精霊シェイドよ 我らにとばりを降ろし やすらぎを与えん》


 魔法詠唱によって周囲が闇に包まれる。僕はすかさず隠し持っていたローストビーフ用のナイフを抜いてグランジスタの顔面に向かって投てきした。加護の効果が切れると同時に視界を取り戻した彼が、木剣でナイフを叩き落とすその瞬間を狙って一気に距離を詰める――、そして大上段からの一撃を振り下ろした。



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